Global Wind (グローバル・ウインド)
日中ビジネス環境の現状と今後について

中央支部・国際部 中川 卓也

1.はじめに
 2年前の9月、日本政府による尖閣諸島国有化に端を発した中国全土における 反日デモ以降、日中の政治関係は言うに及ばず、経済関係においても氷河期状況は続いている。この様なビジネス環境下、日系企業の対中投資動向はどうなっているのか、デモ発生直後に見られた日系企業をターゲットにした通関や許認可における差別待遇はあるのか、今後日中経済関係はどうなって行くのか、日中投資促進機構(以下、投促)や筆者が若い時代にお世話になった(一財)日中経済協会(以下、日経協)の資料を参照しながらまとめてみた。
2.日本企業の対中投資動向
 まず、日系企業の対中投資動向であるが、日本から中国への直接投資額(中国商務省統計ベース)は、2013年には6年ぶりに前年比4%減少し、特に2014年1-5月では前年比マイナス42%と大幅に減少した。
               【日本からの対中投資額推移】
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(出典:中国商務部統計より日中投資促進機構作成 「投資環境に関する調査報告書2014年7月号 )
 これに対し、チャイナプラスワンと言われているタイ、インドネシア、ベトナムへの直接投資は大きく伸びている。
【日本の対中国、ASEAN各国(タイ、インドネシア、ベトナム)への直接投資額推移】
     02_日本の対中国、ASEAN各国への直接投資額推移.png
(出典:中国商務部統計より日中投資促進機構作成  「投資環境に関する調査報告書2014年7月号 )
 反日デモ直後に見られた、日系企業に対する通関、許認可などに意図的な差別待遇は今日見られていない状況下、どのような要因でこのような状況になっているのだろうか。
 日中両国民の相手国に対する印象は、当然のことながら最悪である。言論NPO日中共同世論調査によれば、日本人の中国への「良くない印象」(「どちらかと言えばよくない」を含む)は、90.1%、中国人の日本に対する「良くない印象」も92.8%と前年の64.5%から急速に悪化、いずれも過去最悪の結果となった。更に、驚くべきことに中国人52.7%が日中間で軍事紛争が起きると考えていることである。これは日本人が考えている以上に中国が紛争解決に軍事力を使うことに抵抗感を持っていないということである。そうなれば中国で事業活動を行う日本企業の資産保全も危ういことになろう。中国世論の情報源は、中国のニュースメディアのほか、中国のテレビドラマや映画が大きな比率を占めているが、中国に滞在した経験のある人ならよくご存じと思うが、中国のテレビドラマのかなり番組は中国共産軍が悪者日本軍をやっつける内容である。これを幼少期から見て育てば、対日印象がどのようなものになるか想像に難くない。しかし、一方では日中関係が両国とって「重要」と考えている比率は、日本人、中国人ともに7割を超えていることについては勇気付けられるものがある。
3.日系企業の対応状況
 次に、中国に投資している企業はどう対応しようとしているのだろうか。投促が会員企業に対し行ったアンケート調査では、対中投資方針を「拡大する」と回答した企業は、2年前より70%から46%と24ポイント減少する一方、現状維持と回答した企業は26%から52%と倍増した。「縮小・撤退する」、「今後も投資しない」と回答した企業は数パーセントに止まり、ほとんど見られなかった。
 これについて、投促は中国投資が一巡し、事業拠点の再編・ネットワーク強化などにより投下資本を効率的に活用するステージに進みつつあると分析している。一方、「現状維持」「縮小・撤退」「今後も投資しない」主な理由は、①労働コストの上昇、②市場競争の激化、③政治社会体制等の不安、などと続く。
                【中国への投資拡大を見送る要因】
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  (出典:日中投資促機構作成 「投資環境に関する調査報告書2014年7月号 )
 投促のアンケート調査では、「縮小・撤退」の比率が少なかったが、これは投促の会員に少なからず大企業、中堅企業が含まれているからとも考えられる。中国専門コンサルによると中小企業の相談内容は近時、撤退・事業縮小・事業転換の相談が増えてきていると聞いている。進出当初は安い人件費を求めて、現地工場を建設したが、中国の発展と共に事業環境が大きく様変わりしてしまったことがその主因である。人件費は高騰、加えて為替変動、特に円安・人民元高により輸出採算は悪化、中国国内メーカーが力を付け、単価の引き下げ競争に巻き込まれてしまう、中国内販に方向転換するにもノウハウや体力がない、本社経営も苦しく撤退しようにも従業員の退職金も払えない、など難しいケースも見られると言う。その他にも知的財産権保護に対する消極的な取り組みも問題となっている。
 しかし、それでも13億人の中国人の所得水準上昇に伴うマーケットの成 長性、部材調達を可能にする産業集積度の高さ、インフラ面における充実度など、他のASEAN諸国にはない優位性を維持していることには違いない。
4.今後の日中関係
 それでは今後日中関係、特に中国は今後日中関係をどう持っていこうと考えているのだろうか。その大きなヒントが、11月に中国で開催されるAPEC首脳会談で安倍-習近平会談が行われるのか、そしてどのような内容が話合われるのかにあると思われる。
 筆者が中国側の態度を占うイベントとして注目したのが、今年9月に派遣された 日経協の訪中代表団である。日経協の訪中代表団は、1975年に稲山日経協会長(新日鐵会長)を団長とし第1回訪中を行い、周恩来総理ほかと会談したことを嚆矢とする。以来日中の架け橋として大きな役割を担ってきており、鄧小平党中央顧問(当時)を始めとしほぼ毎回国家主席、総理クラスが会見してきた。2010年から2011年は李克強副総理との会見となったが、2012年は尖閣諸島問題のため歴史上始まって以来初めて訪中が実現せず、翌2013年3月に延期し実施された(李源潮副主席が会見)。その後2013年11月の定例訪中では、汪洋副総理が会見した。汪洋副総理は、中央政治局委員であって政治局常務委員ではないことから、会見レベルが引き下げられたと言われた。
 今年は総勢210名と言う過去最大規模の団員を組成、張富士夫日経協会長に加え、榊原定征経団連会長が最高顧問として参加され、日本経済界として日中経済情勢の正常化を強く期待している旨のサインを送った。
                 【汪洋副総理との会見の模様】
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              (出典:日中経済協会ホームページより)
 これに対し、中国側はどのような対応をするか注目された訳であるが、結果的 には昨年と同じ汪洋副総理が会見に応じたことにより、巷間では中国側は日本の期待に応えなかったとされている。しかし状況をよく観察すると、汪洋副総理は、昨年は20名程度を招いた人民大会堂での会談に今年は約70名を招き、会談時間も1時間半と国家要人の会見としては異例の時間を割いた。また会談内容も、知財保護、独禁法から4中全会と広範な内容を丁寧に説明し、日本の経済界の熱意・期待は受け取ったことを明言された。その意味で、今回の日中経済協会の訪中は、中国側に事態改善への強いメッセージを伝えることに成功したと言える。しかし一方で、汪副総理より「日本の指導者がこのような呼びかけに応じれば」との発言もあり、ボールは日本側にあると釘を刺すことを忘れなかった。
5.最後に
 そうは言っても、雇用喪失に繋がる日本の対中投資激減には中国側は焦っているはずである。11月北京で開催されるAPECで日中首脳会談は開かれ、日中間は雪解けに向かうのであろうか。
 最近の中国の動きから見ると、習近平主席は自ら唱える「中国の夢」実現のため対外強硬路線を一層強化しそうに見える。中国側が、尖閣諸島での領土問題の存在を認めよと要求した場合、日本側はどう応えるのだろうか。香港デモ問題が喉に刺さった骨となっている今、中国側はAPECを成功裏に終わらせ中国の存在感を示すために必死であろう。本稿が掲載される頃にはAPECの結果が出て様々な方向性が見えて来よう。
                                      
中川卓也(なかがわ たくや)
2009年中小企業診断士登録。日本興業銀行を経て現在はNTTファイナンス㈱に勤務。銀行時代から一貫して、中国を中心とする海外業務、及び企業審査関連業務に従事。
2010年より3年間、北京の合弁リース会社に総経理として勤務。
(連絡先)n.goodsupport@kyj.biglobe.ne.jp