グローバル・ウインド 東ティモールの今(2013年4月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
東ティモールの今
2012年の秋と2013年の冬に、東ティモール民主共和国(以下、東ティモール)を、縁あって仕事で訪れる機会があった。二回の出張で、延べ日数で一か月以上滞在することとなり、その多くは首都での活動であったが、東ティモールの今を知る良い機会となった。
1.概況
東ティモールは、2002 年にインドネシアから独立を果たして10年を迎えた国で、 国名は”ティモール島の東”という意味である。”ティモール”とはそもそもインドネシア語で”東”を意味するため、国名は”東”が重複していることになる。
独立10年の道のりは順調とはいえなかった。2002年にインドネシアから独立した後、2006年に国内で暴動が起き、その後は、国際連合が治安維持のため展開していた。その国際連合も、2012年の12月で完了し、今後は東ティモール国による自治が行われることになる。私が東ティモールに赴いたのは、国連による支援体制から、東ティモール自身による自治へ向かう過渡期であった。
事前に治安は問題ない、という話は聞いていたが、見送る家族は心配の様子だった。実際、こちらも注意をしていたが、日本で心配されるようなトラブルに遭うことは無かった。一回目の訪問は国連体制下であり、二回目の訪問は国連が去った後の自治下であったが、特に治安の大きな変化を感じとることはできなかった。強いて言うなら、国連の代わりに、警察官が増え、検問が設けられたことだろう。
日本のほぼ真南に位置する東ティモールと日本との間に時差は無い。直行便がないため、バリ島経由の飛行機便を使うと、13時間後には到着することができる。ほぼ赤道に位置するため、気候は雨季と乾季に分かれているが、気温は一年を通じて30度前後と比較的過ごし易い。特に日本が猛暑の頃、東ティモールは最高30度の乾季である。もし再訪する時期を選ぶことができるなら、次は8月が良い。
(乾季で水が全く無い河川)
2.首都ディリと地方都市
今回主な仕事は首都のディリ市であった。市内は国際空港から車で10分とアクセスが良い。つまり、それほど小さな国ともいえる。
海岸沿いにある幹線道路脇には露店が並び、そこでは、近海で取れる魚、野菜や果物、卵などが売られていた。そこには、食料の輸入に頼る東ティモールの現状を示すように、輸入の野菜や果物が、国内産のモノと同列に並べられていた。
(海岸沿いにある幹線道路脇の露店) (露店で売られている野菜、果物)
その中から、東ティモールの特産の一つであるマンゴーを買ってみた。見た目はまだ青くて食べごろには見えないが、ほぼ完熟してから収穫をしているため、果物自体の甘みがある。でも、甘すぎず後味がさっぱりしている。ここのマンゴーが気に入った私は、滞在中に2度購入した。露店価格はというと、4つで1ドルという破格値である。
露店や市場だけでなく、首都には、数店のスーパーマーケットがある。ホテルから一番近く、一番通ったショッピングモールはその名も”ティモールプラザ”。昨年オープンしたばかりの中国資本のモールだという。
ここは、一階に、スーパーマーケット、文房具店、フードマーケット、美容院、コーヒーショップなどがあり、二階には、家電店、携帯ショップ、衣料品店などがある。ここはちょっとした日本の地方よりも(少なくとも私の故郷よりも)、都市化が進んでいる、異空間だった。
(一階入り口付近のコーヒーショップ) (二階にある女性向け衣料品店
ただ、店のにぎわいは、今一つ。何しろ、ここで売られているものの価格は、およそ東ティモールの庶民が気軽に買える値段とはいえない。つまり、施設も”いい”が、値段も”いい”のである。ここのフードコートをよくランチタイムに利用したが、中華レストランでは、麺類が5$、スイカジュースが3$、合計8$が平均利用単価だった。味が値段相応、それなりなのは救いである。
(ティモールプラザのフードコートの中華レストランにて)
今回、首都を離れて、地方に行く機会が何度かあったが、日本で紹介されているような、途上国の姿を見ることはできなかった。むしろ、私が訪れた国の北側に位置する地方都市は、電線が張り巡らされ電気が完備された家々に住み、ヤシの屋根の家に住みながらもその屋根の上にはテレビの電波を受信するパラボラアンテナが設置されている家もあった。もちろんこれが地方都市の全てではないが、首都よりも、地方に行くことで、東ティモールが進化途上にある国であるということを感じることができた。
(電線が引かれているヤシの屋根の家)
3.日本と東ティモール
東ティモールでは、たくさんの”日本”を感じることができた。SONY製のパソコンを使っている人達と多く接したが、何と言っても多いのは自動車である。もっとも目についたのが、トヨタ車。次に、ホンダ、日産、三菱、と、目にする車の大半は日本車だったといっても過言ではない。
首都では予想以上に多くの車が走り、幹線道路では渋滞もある位だが、何より驚きなのが、その車がいわゆる”いい車”ばかりなのだ。型遅れの車や、ポンコツ車は見当たらない。それにしてもどうやって彼らがこの車を購入して、維持しているのだろう。どうやら、それらの大半が政府の車らしいという話を聞いて納得した。政府は石油資源によって十分な資金があるのだから。
逆に、日本で見られる東ティモール産品といえば、コーヒーだろう。この国の土地は肥沃ではない。痩せた土地で有機農法により作られたティモール産のコーヒーは近年日本に輸出され、都内のコーヒー店、またスターバックスでも購入ことができる。味はというと、濃い味が好きな私の好みとは少し違うが、すっきりとした飲み口のアラビカ種で、赤道の国で飲むには丁度良いとかもしれない。
(ティモール産のコーヒー)
もし、どこかで東ティモール産のコーヒーを見かけたら、試してみて欲しい。赤道にあるこの国をイメージしながら、そこで人の手により栽培された有機農法のコーヒーの味を楽しんでもらいたい。