専門家コラム「副業解禁の企業メリット、人材育成」(2020年7月)
1.はじめに
厚生労働省は、平成30年1月の改定で、「モデル就業規則」から副業禁止規定を削除し、副業・兼業について規定を新設しました。政府による「働き方改革」が推進される中、企業と社員(従業員)の就業の関係性に大きな変化が生じています。副業・兼業を認めていくことは、これからの時代、大企業のみならず、中小企業をはじめとする多くの企業においてメリットもありますので、その取り組み方のポイントについてご紹介いたします。
2.副業解禁時代の本格化
新型コロナウイルス対策として、現在、テレワークの推進が大きく進みました。新型コロナウイルス対策を契機として、IoT、AIの活用が前倒しで進み、社会の仕組みが大きく変わっていくと思われます。この流れは今後も変わらないでしょう。日本中で多くの方がテレワーク、在宅勤務を経験されたのではないでしょうか。その結果、出社しなくても可能な業務が多いことも分かってきました。このような流れの一つとして、副業・兼業の解禁も社会的に大きく拡大されていくことと考えています。これまで10年かかったような変化が、その半分以下のスピードで実現するような、大きな変革の時代に突入しつつあります。
3.副業解禁のメリット・デメリット
(1)社員が副業・兼業を行うことは、企業にとって人材育成面などで以下のようなメリットがあります。
≪メリット≫
【人材育成】
・労働生産性の向上:社員が社内では得られない知識・スキルを獲得し、それを社内で活かすことで労働生産性が高まる。
・リーダーシップ・マネジメントスキルの向上:兼業・副業をすることで経営者視点を醸成するとともに、リーダーシップ・マネジメントスキルを鍛錬することができる。
・自立性の向上:社員が社外でも通用する知識・スキルの習得・研鑽に努めるようになり、自立した社員を増やすことができる。
【優秀な人材の獲得・流出防止】
・優秀な人材が退職することなく会社に留まり、本業で活躍し続ける可能性が高まる。また、本業の仕事を続けられることで、結果として個人事業や自身で会社を起業・経営するような優秀な人材を獲得することができる。
・非常に優れた高給の人材を、兼業・副業として、雇用シェアすることで比較的低コストで獲得することができる。(ワークシェアリングの進展ともいえるでしょう。)
・フルタイム雇用には至らないが、スポット的に必要となる人材を雇用できる。
【新たな知識・顧客・経営資源の獲得】
・社員が社外から新しい知識・情報、人脈などを持ち帰ることで事業機会の拡大、イノベーション創出につながる。
・新たな顧客や事業パートナー(企業、個人)を開拓することで、市場の拡大や社外経営資源の活用が可能となる。
その一方で、企業にとっては留意すべき点、以下のようなデメリットといえる点もありますので、配慮が必要です。
≪デメリット≫
【本業への支障】
・長時間労働による社員の心身への影響や生産性の低下などで本業への支障が懸念される。
・社員が職務専念義務、誠実労働義務を果たしているかを企業として評価することが難しい。
【人材流出等】
・人材流出のリスクが高まる可能性がある。
・能力開発・スキル向上による効果に対する懸念等がある。
【社員の健康配慮】
・社員の就業時間外の活動について責任所在が不明瞭のため、万が一の場合には責任追及される法的・風評リスクがある。
・企業側が社員の就業時間外の活動のどこまで介入すべきか判断が難しい。
【情報漏洩等、様々なリスク管理】
・業務上の秘密漏洩や企業の信用毀損、本業との競業による損害発生等のリスクが高まる可能性がある。
・就業規則の改正、兼業・副業先と労働時間通算、社会保険料や割増賃金等の負担調整などの事務コストが発生することが想定される。
(2)副業の解禁は、社員の働き方に大きな変化を与えます。社員の視点では、以下のようなメリットがあります。
【所得増加】
・本業以外でも所得を得ることができる。
【自身の能力・キャリア選択肢の拡大】
・社内では得られない知識・経験・スキルを獲得できる。
・社外人脈を拡大することで自分自身のキャリアを開発できる。
・社外でも通用する知識・経験・スキルを研鑽することで労働・人材市場における価値が向上する。
【自己実現の追求・幸福感の向上】
・本業で安定した所得があることを活かして、自分のやりたいこと、社会貢献活動、文化・芸術的活動等に挑戦・継続できる。
【創業に向けた準備期間の確保】
・働きながら将来の起業・転職等に向けた準備・試行ができる。
出所:「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する調査事業 研究会提言~ パラレルキャリア・ジャパンを目指して ~(平成29年3月)」 中小企業庁経営支援部創業・新事業促進課 経済産業政策局産業人材政策室
4.副業解禁時代に対する企業の取り組み
このように副業・兼業の解禁が進展するなかで、企業はどのように取り組んでいけばよいのでしょうか。
企業経営の目的の一つとして、社員とその家族の幸せを実現することが大切という考え方が注目されています。社員一人一人の幸せは、その社員の能力をフルに発揮させることができ、企業の業績向上にも大いに貢献することが期待できます。多くの人を満足させることが企業の社会的使命ならば、社員の幸せを追求することは企業経営の目的として十分に成り立ちます。このような考え方に立つと、これからさまざまな働き方、多様性が尊重される社会においては、社員の副業・兼業への対応については、福利厚生の拡充に近いような意味合いでも、大切な取り組みといえるでしょう。
【企業の取り組み例】
・副業・兼業に関する就業規則等を整備する。企業にとっての副業のデメリットを回避する観点も重要です。
・働き方改革の取り組みの中で、多様性を尊重する働きやすい企業風土作りを行う。
・「顧客満足度」を高めるべくサービス向上を行うには「従業員満足度」を高めるのが効果的な方法であるという視点をもち、意識改革、スキルアップ研修の機会など人材育成にも注力する。
・企業経営は利益を上げることだけが目的ではなく、地域社会への貢献という観点で雇用創出および維持が重要であり、そのためにも企業の事業存続が重要という考え方でサービスの強化や生産性向上に取り組む。
このようなさまざまな働き方や多様性を認める企業風土作りは、一朝一夕には行えないかもしれません。経営者の方のみならず、社員の方の意識改革も同時に必要だからです。しかし、新型コロナウイルス対策の影響で社会は大きく変わりだしていますので、企業の競争力強化、生き残りのためにも、社員の多様性を認める企業風土作りは避けては通れない課題だと思っています。
また、このような取り組みで行き詰ったときは、さまざまな視点でアドバイスを受けられる専門家やコンサルタントを活用することを積極的に考えてみてはいかがでしょうか。まさに、さまざまなキャリア経験を持つ優秀な人材を適正なコストで目的に応じて活用する第一歩につながると思います。
【参考文献・資料】
厚生労働省 モデル就業規則
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html
厚生労働省 副業・兼業の促進に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192844.pdf
中小企業庁経営支援部創業・新事業促進課 経済産業政策局産業人材政策室
兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する調査事業研究会提言~パラレルキャリア・ジャパンを目指して~
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/hukugyo/2017/170330hukugyoteigen.pdf
■ 坪田修(つぼたおさむ)
中小企業診断士、システム監査技術者、情報セキュリティアドミニストレータ
東京都中小企業診断士協会事業推進部長