専門家コラム「企業戦略にオフィスを活かす」(2014年7月)
日本の20年前のオフィスはどんな形をしていたでしょうか?
執務席はグレーの机にグレーの椅子が並んだ島型対抗式、社長室や役員室は閉ざされていて一般社員には近づき難く、応接会議室はソファーに低いテーブルのセットでこちらも独立した空間になっており、それらがどんな会社でもほぼ画一的なルールのようになっていました。
現在皆さまが働いているオフィスはどんな形をしていますか?
プロジェクトワークの増加、ICTの普及といった環境変化、ブランディング、業務効率化、BCP・CSR対策といった企業課題に応じてオフィスの形もツールも変わり、企業や組織ごとにバリエーションにも富むようになってきました。
本コラムでは、組織の戦略に沿ってオフィスを上手に活用し、働き方を変え、生産性を上げている事例を紹介したいと思います。
1.ビル選びの視点を変えてみる
一般的には業績が伸び社員数も増えると、大きな新しいビルに入居しようとする企業が多いでしょう。
しかし急成長を続けているにも関わらず敢えて複数の雑居ビルに別れて入居し続ける企業もあります。理由はベンチャー精神をいつまでも持ち続けるため。1フロアの広い大型ビルではなく狭い雑居ビルに別れて入居することで、プロジェクトチームが1つのベンチャー企業のような空気感をつくることができます。その企業の成長要因である「プロジェクト同士が良い意味で競い合い切磋琢磨しあう気質」を大事にしているのです。
また倉庫だった場所を改築してオフィスにする企業もあります。造りは倉庫ですから賃料は安く、一方でビルの制約に捕らわれない遊び心のある仕掛けが可能です。ゲームソフトをつくっているその会社は、開発者がリフレッシュするためのジムもシャワールームもオフィスの中につくりました。水道の配管は見えたままですが、倉庫の内装を生かしスラム街をイメージしたデザインにはマッチしていておしゃれに見えます。高い天井のロフト席からは社内の動きを見渡すことができ非常に風通しのよい雰囲気にもなりました。
外出が少ない組織であれば倉庫街の立地も悪くない、そう思える事例です。
2.オフィスの真ん中に何を置くか
今あなたのオフィスの中心には何がありますか?
かつて社長室や経営会議室は一般社員の視界に入りにくい奥まった場所にありました。しかし敢えてその空間を見通しが良い場所に持ってくる会社も見られるようになりました。オープンな社長席、透明のパーティションで仕切られた経営会議室、役員の立ち会議テーブル、社内の最新の取り組みを投影しているディスプレイボード。これらは、スピーディにTOPと現場が進むべき方向性を共有し社内一丸となって取り組むための仕掛けです。
またコールセンターをオフィスの中心に配置する会社もあります。お客様から得られる声が新しい価値づくりの源泉となることをシンボリックに表現しています。お客様の声はお褒めの言葉とお叱りの言葉に分け、社員や来客の動線上に掲示。お客様の声を大切にする企業姿勢を社内はもとよりパートナー企業にも浸透させています。
またサテライト工房を販社オフィスの中心につくる会社もあります。画期的な商品を生み出し続ける組織スキルの維持強化が狙いです。営業から自然とお客様の声が集まることで開発サイクルのスピードと質を上げると共に、それらが反映されていくプロセスを営業が目にすることで意見を発信することへのモチベーション向上にもつなげています。
このように企業価値の源泉や社内でハブにしたいものを中心にしたレイアウトは、社員に企業マインドを浸透させ、そこで生まれる価値づくりのスピードと質を向上させます。
3.「オフィスを変える」プロセスを利用する
オフィス移転、レイアウト変更、ファイリングルールの策定といった新しい取り組みを始めるとき、管理部門主導で進める会社がまだまだ多いのではないでしょうか?
しかし社長や管理部門長の一声で何もかも決めてしまうのは大変もったいないことです。オフィスへの要望の中には、裏を返せば現場のボトルネックとなっている事情が多数含まれています。社員からオフィスに期待する声を聞くことで、潜在的な課題が見えてくることがあります。
また自分たちが働く場所を自ら考える機会を持つことは、社員が自ら主体的に働き方を変え、組織と個人のつながりを強めることにつながります。
例えば、社員投票でオフィス家具を選んでみる、組織横断的なファイリングプロジェクトをつくって新しいルールや必要なツールを考えてもらう、「自部署はどの部署との連携を強化したいか」といったアンケートを元にレイアウトを考えてみるなど。
特に組織内のミドルリーダーをプロジェクトチームに参画させることは非常に有効です。組織を俯瞰した意識を持ちながら現場にも精通し、新しいルールやしくみを浸透させていく上でもリーダーシップを発揮してくれます。
4.「オフィス運用」をみんなで楽しむ
工場ではこれまでから5S活動(整理、整頓、清掃、清潔、躾)が浸透し、管理改善の基礎と言われてきました。一方でオフィスではビルの清掃会社に任せっきりになっている会社が多いことと思います。
しかしオフィスでも「お掃除タイム」を決めて社長から一般社員まで皆でオフィスをきれいにすることが意外な効果を生みます。お掃除をする間、普段仕事ではコミュニケーションを取る機会のない社員同士の会話が生まれ、ヒトを知ることができ、オフィスへの愛着心も生まれます。同時に清掃会社の契約外で総務社員も対応しきれないメンテナンスが可能になります。例えば書庫の周辺で散らかった資料の片付け、ホワイトボードの消耗品の入れ替え、AV機器周りの埃の除去など。
オフィス美化とコミュニケーション活性化の一石二鳥のしくみです。
また、サイン一つでも社員の意識を変えることができます。
例えば会議を効率化するには会議室にひと工夫。ホワイトボードに「会議の目的」「アジェンダ」「本日のゴール」「終了時間」などの枠線をペイントしておくと、ファシリテーターが最初にそれを書きこむことで参加者の意識を変えることができます。
ペーパーレスを推進する際には収納庫ごとに、できている場合は「ニコちゃんマーク」、できていなければ「困ったちゃんマーク」を貼って状況を見える化すると、できていない収納庫を使っている社員に頑張ってもらうことができます。
他にも冷房を28度に保つ節電効果をCO2の排出量に置き換えて掲示してみる、社員食堂で食べ残しが多い場合には残飯入れに「もうおなかいっぱい?」というメッセージを書くなど。
社員全員が壁に会社への想いを落書きし、来客エリアに飾っている会社もあります。お客様にも未来を描く社員の想いを見て頂くことで、訪れたお客様とのパートナーシップを後押しすることができます。
今後もオフィスは経営環境に合わせてその姿をどんどん変えていくことでしょう。もしかするとICT技術がさらに進んだ20年後、執務エリアは殆ど無いかもしれません。しかし社員が働く場所は企業が価値を生むステージであり、企業の生産性に大きく影響を及ぼすことに変わりありません。
ぜひ企業の戦略に沿ってオフィスのカタチを考えていくことを楽しんで頂ければと思います。
■芥川 梨枝子
・中小企業診断士
・(一社)東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員
企業内診断士活性化PJ、女子会PJに従事
・オフィス家具メーカー勤務
開発営業、総務BPOを経て現在チャネルマーケティングに従事