専門家コラム「老舗ならではのマーケティング戦略 『感動のもの作り』」(2014年5月)
1.リピート客をいかに囲い込むか!
日本経済の低迷が言われて随分時間が経過していますが、市場全体のパイが拡大しない中にあって「新規顧客の開拓・売上拡大」を経営の最重要課題に挙げる経営者はほとんど見受けられなくなってしまいました。これは新規顧客を開拓するためには既存顧客を維持するための経費の5倍以上も掛かると言われていることからきているのですが、大方の企業では新規顧客の開拓より「リピート顧客の維持」を目指す方が効率的であると考えています。
そうした状況においては、自社の商品やサービスにお客様がどれだけ満足しているのかを正確に把握することが重要になってきます。商品やサービスの機能や品質、安定性等について定期的にお客様の評価を得ることが一般的です。3段階や5段階評価でお客様に満足度を答えて頂くような方法でアンケート調査を行う訳ですが、日本では大体が平均点に近い評価になりがちで、極端に評価が良かったり、極端に悪かったりすることはほとんどありません。
そんな状況ですので、仮に平均が3.5点であったり、4点であったりしても、それが本当に自社製品の評価が適切に行われているかどうかは不明です。ある老舗旅館のオーナーは100点満点中70点や80点の評価では、一見のお客様がリピート客になることはあり得ないと断言しています。その旅館では95点以上の評価を従業員に義務付けており、それを達成するために従業員は一丸となってサービスの見直しを提案し続けることでサービス力を高めています。
2. 平均点を超越した 「こだわり」 が老舗を支える!
こうした取組みがある一方で、老舗がお客様アンケートを取っていると言う話は一般的にあまり聞いたことがありません。老舗では何代にも亘って培われてきた伝統の技術やノウハウを大切にしながらも、事業を受け継いだ当主が更に独自のこだわりや工夫を加味しながら、更なる高みを目指すことが特徴になっています。そうした「こだわりの意識」が知らず知らずの内に身に付いていることが老舗の伝統であり、老舗のものづくりの強みとなっています。そんな具合だからこそ、老舗にはお客様アンケートをとる習慣が定着しないのだと思われます。
「プロダクトアウトの時代」から「マーケットインの時代」だといわれて久しく、お客様のニーズを踏まえたものづくりでなければ時代に取り残されてしまうと言われていますが、本当にそうでしょうか。重要なことは「お客様のニーズ」は何処から生まれるかということです。原点に返って言えば、お客様自身がものを生み出している訳ではなく、お客様は作り手が生み出したものを評価しているだけで、もの作りの独創性は常に作り手側に求められるのです。
平均点をいくら高めても「お客様の予想や期待」を超えることはできません。お客様の予想や期待を超えることが出来なければお客様がリピート客になることもありません。このことを可能にするのは「作り手側のこだわりや独創性」だけです。これらの取組みがお客様の予想を超えた時にそのお客様はリピート客に変身するのです。老舗経営者にはそんなDNAが生まれながらに備わっているのです。だからこそ日々の取組みが常に「経営革新」と言えるのです。
3. 「感動の経営」 こそ、長寿企業を生み出す力!
一般企業では、独自性の高い商品やサービスを開発・提供した上で、それらを安定的に供給することでお客様からの支持を得ながら事業を拡大していきます。その間に、従業員の商品理解力や接客力、提案力を高めるための従業員教育を行うことで、お客様とのコミュニケーションの円滑化を図りながら、顧客満足度を高めることに注力することになります。しかし、これでは従来の「定形型のサービス」を超えられません。お客様の期待を超えられないのです。
これからは、定形型サービスを超える経営理念やビジョン、徹底的に研ぎ澄まされた独自のこだわり、ゴールのない飽くなき追求、測ることのできる効果・効率ではなく、測ることので
ない驚きと感動の取組みがますます重要になってくるのです。こうした終わりのない取組みこそがリピート顧客を生み出し、事業の安定を保証してくれます。平均点の顧客満足を超えて「驚きと感動の経営」が実現できた時、自社とお客様との新たな信頼の関係作りが始まります。
単に履き心地が良いというだけではなく、足裏に吸い付いてずれることなく舞台の滑りを押えてくれる足袋は何処にでもあるわけではありません(足袋の大野屋総本店)。独特のしなりと柔らかさで優しい風を送る扇子や団扇も技術だけにこだわっているのではなく、江戸ならではの粋な色彩りも大切にします(扇子・団扇の伊場仙)。江戸時代から伝わる12万点の染め型紙を今なお大切に保存し、昔ながらの伝統のデザインを現代に蘇らせる染物師(染物の富田屋)。彼らはゴールのない世界で常に新しい時代と価値を切り開いています。
彼らにアンケートなどは必要ないのです。彼らの徹底したこだわりがお客様を呼ぶのです。
4. 地域との共生を目指す長期ビジョン!
こうした「感動の経営」も一日にして生まれる訳ではありません、老舗ならではの独自性やのれんなどを大事にする「経営理念や経営ビジョン」は何代にも亘って幾層にも積み重ねられていくものです。これらの理念は老舗経営者だけでなく従業員やお客様にまで共有化されながら、経営者自身を育成すると共に、後継者や番頭、従業員も育成しながら、お客様や仕入先、地域住民をも巻き込んでネットワーク型の地域社会を形成していくと言われています。
自社だけが儲かれば良いということではなく、人に貢献して、地域に貢献して、最後に自社の利益に貢献することが長寿企業の秘訣であり「感動の経営」にも繋がっています。
経営者と従業員の共生、店とお客様との共生、店と取引先との共生、店と地域との共生、お客様同士の共生、お客様と地域との共生などが円滑に機能するためには、長期的な生き様であるとか、長期的な経営ビジョンと言われるものがますます重要になっています。
お客様に常に「本物」を提供することで、お客様との信用と信頼関係を構築して、お客様と長期に亘る付合いを生み出します。それは自ずとお客様の固定客化を図ることであり、お客様の生活記録の全てがデータベース化され、両者の関係性はますます深まります。
最近では、お客様の「顧客シェア=顧客生涯価値(LTV)」を高めることができれば事業効率を最大化できるといわれていますが、老舗企業ではこうした取組みを100年も、200年も、300年も昔から自然な形で取り組んできたのです。顧客や取引先との関係性は勿論のこと、地域の人々との関係性を踏まえながら、地域と共に生きていく「共生の理念」が老舗企業の長寿を支えています。
■山崎 隆由(やまざき たかよし)
1953年静岡生まれ、60歳、青山学院大学経営学科卒。
永年の広告会社勤務を通じて培ったマーケティング手法を活かして「調査・商品化戦略・価格戦略・販売チャネル戦略・プロモーション等」の戦略構築を行い、総合的ブランド管理を進めながら数多くの企業をサポートしています。最近では、作業効率化のための一元管理手法を農業分野で生かしながら売れる加工品作りや効率的な作業管理、収益性の向上等の農業経営サポートを継続的に行うと共に、(公財)神奈川産業振興センター・経営支援部のゼネラルマネージャーとして、もの作り中小・小規模企業を中心として「新規創業・第二創業・新事業開発・創業補助金・もの作り補助金」等の取組み支援を行っています。