1.はじめに
 2020年3月2日に「AI白書2020」が、独立行政法人情報処理推進機構(IPA) AI白書編集委員会の著作により、角川アスキー総合研究所から発刊されました。2017年から発刊されている「AI白書」の2020年版となります。

 旧来の「AI白書」は、データサイエンティストやエンジニア向けの技術情報に関する記載が多く、一般的に理解が難しい内容でした。「AI白書2020」では、経営者層やマーケティング担当者にも読みやすい内容を意識して構成されています。AIの導入事例や制度政策動向など経営者の皆様にも役立つ情報が多く、非常におススメの一冊です。

 本稿では、この「AI白書2020」を参考に、経営者の皆様へ向けて、いまさら聞けないAIに関する基本知識についてわかりやすく解説します。ライトユーザー(初心者)の方に向けた解説コラムとなります。より専門的な理解を深めたい方は、専門書を読み深めて頂けますようお願い致します。

2.AIを理解する上で知っておきたい基本的な技術分野
 昨今、AIという言葉がバズワードのごとく氾濫していますが、実際にAIって何者なんでしょう? 実はあいまいではありませんか?筆者もお付き合いのある取引先の方から、「AIって何なの?」という漠然なご質問を多くいただきます。なかなかお答えするのが難しい質問ですね。

 AI(artificial intelligence)とは、日本語に訳すと「人工知能」。広辞苑(岩波書店)では、「推論・判断などの知的な機能を人工的に実現するための研究。また、これらの機能を備えたコンピューター‐システム」と記載されています。この説明だけでは、理解が難しい方も多いのではないでしょうか。

 これを概念的に理解するために手助けとなる情報が、「AI白書2020」では整理されています。具体的にはAIを説明するにあたり、土台となる技術要素を「知的活動」と定義し、9つのカテゴリで整理しています。それが以下になります。

①認識
②理解
③学習
④判断
⑤予測
⑥言語
⑦知識
⑧身体
⑨創作

 上記9つについては、この後に解説します。お伝えしたいことは、世の中のAIという言葉で表現されている技術は、この9つの「知的活動」の掛け合わせで実現されているということです。
 例えば、人間がスマートスピーカーに声をかけて部屋の照明を調整するCMを見たことがある方も多いと思います。これは、人間の声をコンピューターが「認識」して、「言語」として捉え、要求を「理解」して、次の行動を「判断」する、といった技術を組み合わせて、一連のプロセスが実現されています。このように、技術の組み合わせで実現している事象を我々は広い意味で「AI」と呼んでいるのです。

 それでは、この9つの「知的活動」を1つずつ解説していきましょう。

①認識
 「認識」とは、人間でいうと視覚や聴覚などに相当する機能です。例えば、晴れの日に、我々が空を見上げて「晴れている」と認識するのは意識なく行われています。これは、その人の過去の経験の積み重ねから、その状況を「晴れている」と脳が認識しています。

 これをコンピューターの世界でも同様に実現することが、「認識」ということです。コンピューターの世界では、大量のデータを読み込ませることで、そのデータの特徴から規則性を生み出し、「認識」を形成していくことになります。我々が晴天の日を経験するように。

 「認識」の技術には、画像認識、映像認識、音声認識、物体認識、文字認識、行動認識、言語認識などの分類があります。いずれも、人間が五感で感じることを「認識」として、コンピューターで実現しています。

②理解
 「理解」とは、人間でいうと「物事の道理や筋道が正しくわかること。意味・内容をのみこむこと」です(「AI白書2020」より引用)。例えば、赤信号を見て「道路を渡ってはいけない」と脳が認識することが「理解」ということです。

 コンピューターの世界では、画像や言語を認識し、適切な応対をした場合に「理解」したということになります。前述のとおり、大量のデータを読み込ませることで「認識」を形成し、そのデータへ意味を与えることで「理解」を実現します。データの意味を与えることで正解や不正解、同義語や同音異義語の実績がコンピューターへ蓄積され、適切な応対がなされるようになります。

③学習
 「学習」とは、人間でいうと経験を通じてルールや法則を見出すことです。例えば、雨の日は電車が遅延するという事象を「○○程度の雨が降ると、電車が○○分遅延する」といった法則を見出すことが、「学習」に近い行動です。知識をインプットするといった一般的な「学習」という言葉の意味合いとは少し異なりますね。

 コンピューターの世界で説明すると、「学習」とは「機械学習(Machine Learning)」という技術で表されます。データの背後にある規則性や特異性を発見し、「モデル」と呼ばれる法則性を表した計算式のようなものを作ることです。「モデル」を作るためにはこちらも上述と同様に大量のデータが使用されます。これは「学習データ」と言われたりします。特に、正解値のラベルがついたデータを「教師データ」や「教師あり学習」と言われ、よく耳にするのでチェックしておきましょう。

④判断
 「判断」とは、人間でいうと意思決定をすることです。意思決定というと大げさに聞こえますが、我々は日常で「ランチに何を食べるか」や「週末はどこへデートに出かけるか」などの意思決定を実施しています。これを「判断」ととらえてください。

 コンピューターの世界での「判断」とは、様々な制約や条件がある中で、何らかの評価を最大とするように意思決定することです。高い精度でこの意思決定を行うために、大量のデータを利用して適切な解が得られるように「モデル」を作成します。要するに、正しい「判断」を実施するために、「学習」を繰り返すことが必要となります。

⑤予測
 「予測」とは、人間でいうとこれまでの経験や知識から、将来の状態や事象を推測することです。天気予報や競馬予想などみなさんの生活の中にも、多くの「予測」の例が挙げられると思います。

 コンピューターの世界では、過去のデータから計算式などを用いて、未知のデータを算出する処理のことを「予測」といいます。これまでも再三に渡って説明してきたように、この「予測」についても大量のデータを使用することによって、「モデル」の精度が向上し、将来の事象に対する「予測」の結果(値)もマッチするようになります。一方で、その「モデル」が複雑な計算式であるがために、どうしてそのような「予測」の結果(値)となったのかが、論理的に説明できないという問題も近年よく耳にします。

⑥言語
 「言語」とは、我々が日常で話したり書いたりしている言葉を処理することです。聞いたことがある方も多いかと思いますが、我々が使うような言葉の行間や曖昧さなどを、人間が解釈するように自然に言語を処理する技術のことを「自然言語処理」と言います。これは、コンピューターの世界では昔から研究と改善が繰り返されてきています。

 コンピューターで「言語」を処理する精度を高めるには、文章を単語レベルに分解して、これらの使われ方や並べ方などのパターンから特徴を捉えていきます。これも、大量のデータを使用することによって、「モデル」の精度が向上していきます。

⑦知識
 「知識」とは、人間でいうといくつかの概念に分かれます。たとえば、「東京スカイツリーの高さは634m」という事実情報を知っているという「知識」や、「雨の日は電車が遅れる」という経験的な「知識」、自転車の乗り方のように身体的に覚えている「知識」などが挙げられます。

 コンピューターの世界では、「知識」をこれまでにも述べてきた「モデル」に該当するとお伝えすると理解しやすいのではないでしょうか。しつこいくらいにお伝えしていますが、この「モデル」を形成するための源泉は「データ」となります。人間の世界のように、大量の「データ(経験)」があると、「モデル(知識)」の質が高まるということですね。

⑧身体
 「身体」という概念に触れる前に、「AI」と「ロボット」という言葉の整理をしておきます。「AI」という言葉でよく想起されるのが、鉄腕アトムに代表されるアンドロイド(人造人間ロボット)ですね。このアンドロイド(人造人間ロボット)は、大きく「人工知能(AI)」と「ロボット工学」により形成されています。近年は、この2つが密接に絡んでいるため、境界を定義するのが難しくなっています。みなさんが理解しやすくするために、前者が、本稿でフォーカスしている意味でのAIの範囲と考えてください。後者は、皮膚や表情の動き、胴体や手足の動きを人間のそのものに近づける技術と考えてください。

 人工知能(AI)として「身体」とは、「自分がどのような身体を持ち、どのような動きが可能かを知っていること」、「自己と他者の動きの違いが分かり、他社の動きや感じ方を推定すること」を指します。これもの大量データに基づいた「モデル」によって精度が高まります。

⑨創作
 「創作」とは、人間でいうと絵を描いたり、作曲したりとすることです。これまでの経験から、新たなモノを生成することになります。令和最初の紅白歌合戦では、「AI美空ひばり」が出場したことが記憶に新しいと思います。恐らく、過去の音声データや画像データを大量に用意し、美空ひばりが新しい曲を歌ったら、、、という目的でコンピューターで作られたものだと推測されます。このようなものが「創作」となります。

 この「創作」も、これまで述べてきた大量のデータに基づき生成された「モデル」に応じて、アウトプットされます。厳密には、この「モデル」というのも、識別や理解に使われる「識別モデル」と、創作などのアウトプットに使われる「生成モデル」と区別されます。こちらについて、深く理解されたい方は専門書を読んでみてください。

 ここまで、9つの「知的活動」カテゴリについて解説してきました。
 この9つの技術の組み合わせで実現している事象を我々は、「AI」と呼んでいます。メディアでAIに関するニュースが流れた際には、この9つのどれとどれの組み合わせで実現しているものなのかを、推定してみると非常に分かりやすくなるのではないでしょうか。また、みなさまのビジネス問題に対して、この技術の組み合わせで「AI」を実装できれば解決できるかもしれない、といったシミュレーションにも利用してみてください。

3.おわりに
 本稿では、「AI白書2020」で整理された9つの知識活動を、かみ砕いて解説してみました。「AI」に関する基本知識をご理解いただくのと共に、「AI」とは何ぞやという疑問に対して、根本理解の一助になれれば幸いです。

 読者のみなさまのビジネスおかれても、「AI」を検討される際には、この基本に立ち戻って、「何の目的のために、どのような技術を使って、ビジネス貢献を生み出すのか」などを、考えてみてはいかがでしょうか。投資に値する取り組みなのかどうか、判断の一因になるかもしれませんよ。

・参考文献
独立行政法人情報処理推進機構(IPA) AI白書編集委員会 「AI白書2020」 角川アスキー総合研究所 2020
『広辞苑(第6版)』 岩波書店 2008

・略歴
筒井 元浩
中小企業診断士

一般社団法人 東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員/会員部 副部長