Global Wind (グローバル・ウインド)
思い出の結婚式@上海

中央支部・国際部 後藤 さえ

 約5年間の海外生活(シンガポール、上海)を終え、東京に戻って3カ月が過ぎた。現状、一日の中で主婦業の時間が最も長い私は、家族の落ち着くのを見ながら、ようやく中国のパートナーと新規ビジネス模索のコレポンを始めるところまで漕ぎつけた。まだマーケティングの段階とはいえ、コンサルタントという立場からビジネス主体の立場になると、分かってはいたことではあるが、国や地域による価値観の違いを改めて認識することになる。また、その価値観の相違を生む背景となる文化や風習の違い、歴史を思うと、これまた面白いと思えてくるのである。
 タイトルは「結婚式」であるが、私の結婚式ではない。今からちょうど一年ほど前、上海でビジネスアドバイザーとして勤務していた事務所の中国人同僚から、「結婚式を挙げることになったが、日本で留学していた時にお世話になった日本人も呼びたい。だが、大半は中国人の親類縁者なので、日本語と中国語が話せる後藤さんに式の司会をお願いしたい。」との依頼があったのだ。中国の結婚式!?今回はちょっと希少な中国生活文化体験をご紹介したい。
 こんな経験、なかなかできるものではないし、やってみたい!でも、彼ら新婚夫妻にとっては、一生に一度の晴れ舞台。私のような外国人がぶち壊すわけにもいかない。中国とはお付き合いの長い私でも、結婚式のしきたりまでは知識がない。そこで、基本的に中国語の「台本」作成は依頼人(新郎)の同僚に頼み、基本的に私はそれをある程度覚えて読み、全部二か国語で司会をすると、二倍の時間になってしまうので、基本は中国語にし、大事なところをかいつまんで日本語で話す、という条件でお受けすることにした。
 台本と本番スケジュールを頂いてみたところ、やはり普段使う中国語ではない。読み方の知らない漢字も沢山でてきたが、中国語の家庭教師に発音をチェックしてもらったり、自分で音読したものを録音し、炊事をしながら聞いたり…と猛特訓して本番に臨んだ。
 6月の上海は既に真夏並みの暑さだったが、日本大好き新郎新婦の依頼で、絽の着物を自分で着つけて当日のリハーサルへと向かった。
 会場は上海の若者の間でとても人気のあるホテル、虹橋賓館。実際彼らも、ここで式を挙げたくて、一年以上前から予約していたのである。
 200名収容の大ホールには、舞台に花道、20卓の円卓がデコレーションされ、お客の来ないガランとした会場で、音響担当、カメラマン、結婚式コーディネート会社(?)のプロデューサー、そして新郎新婦、伴郎・伴娘(バンラン・バンニャン:新郎新婦それぞれの付き人)と打ち合わせ、リハーサルを行った。
 当日は夕方の式と披露宴だが、中国といっても地方によって色々違いがあるらしく、西安出身の同僚曰はく、彼女の故郷では初婚は昼間の結婚式で、夕方に結婚式をするのは二回目のカップル、とのこと。
 さて、本番が近付き、会場に来賓がポツポツと姿を現し始めた。ゲストは会場に着くと受付で記帳するのは日本と変わりないが、その紙も赤地である。受付テーブルのテーブルクロスも、白はお葬式のようだと言って、絶対に色物を使う。(展示会でも真っ白を嫌がる方が多い。)当然来賓の洋服も、白や黒はなく、日本から見ると比較的ラフな色物や、逆に思いっきりお洒落している人もいたりして、その多様さが、なかなか興味深い。(着物姿の私もまた、ジロジロと見られている。)
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                  記帳する人々(後ろは新郎新婦)
 そして来賓の方々は入口で出迎える新郎新婦と記念写真を撮ったり、お祝いの言葉をかけたりしながら、続々と着席していくので、私もポジションにつき、仕事の開始を待った。しかし、予想されたことだが、200名の来賓の喧騒が満ちたホールでは、とても式は始められそうにない。プロデューサーは私に「司会!着席してもらうように、アナウンスして!」と命じ、私が何度かマイクで開会を告げるとようやく初めのセリフが言える状況になった。「よし!じゃ、リハーサル通り、進めて!」私の背後で、プロデューサーが再び指示する。暗転した会場で、私にスポットライトが当たった。
 「みなさま、本日は●●さん、○○さんの結婚式においで下さり、誠にありがとうございます!…」と、最も練習した二か国語の開会の辞に続き、「それでは、新郎新婦の入場です!」(結婚行進曲~)…と、日本のそれとほぼ同様のオープニングとなった。
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                      新郎新婦、入場!
 はじめに、主賓となる方々の挨拶。これも、日本の結婚披露宴と同じだが、違うのは中国では結婚式が「人前式」で、なんと、司会の私が「今から誓いの言葉に移ります。あなたは、○○さんを妻としてめとり、健やかなる時も、病める時も…(略)誓いますか?」という質問をするのである。
 あれだけ騒がしかった会場も、さすがにここは水を打ったような静けさで、私の緊張は頂点に達したものの、なんとかつつがなく終了。続いて指輪の交換や杯の酌み交わし…と儀式を消化して第一部が終わり。新郎新婦は御色直しに退場。
 他のスタッフにとっても、ここまでの「式」の部分が一番の緊張ポイントだったらしく、その後は集中力が抜けたように、お料理を口に放り込むスタッフ、雑談を始めるスタッフも出始めた。私の後ろからテキパキ指示を出していたプロデューサーも、いつの間にか椅子にだらりと腰かけていた。
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              食べながら仕事する音響スタッフ(左下)と、披露宴
 
 お色直し後の第二部は、ご両親へのお礼の言葉ではじまり、乾杯、歓談となるのだが、既に料理は並べられ、早く食べさせろ~!といった雰囲気が高まる中、私が台本どおり、乾杯前のおめでたい言葉の数々を並べていると、来賓はお酒の入ったグラスでガンガンとテーブルをたたき始め(乾杯!の動作)、またしても物凄い音になり、私が大声で「乾杯(ガン・ベーイ)!」と言うまで、テーブルをたたく音は大きくなる一方。爆竹といい、乾杯といい、日本人には喧騒としか思えない音量も、この大陸では「賑わい」なんだろうか、とダイナミックさに感動したりもした。
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                    「乾杯(ガン・ベーイ!)」
 その後は二度目の御色直しで、新郎の力作のビデオで二人の幼い頃からの思い出が映し出されたりしたものの、人々はお料理とお話に夢中。同時に新郎新婦もお酒を注いでテーブルを回り始めるので、私の司会の仕事はほぼ、終わりとなり、テーブルについて他の来賓の方と談笑しながらお食事を頂いた。
 日本の披露宴は、一旦盛り上がり、自由な歓談になっても、最後は挨拶でしめ、全員一緒に退場するものだが、中国では新郎新婦にお酒を注いでもらい、記念品を受け取ったら、あとは好きな時に帰ってOK。しかも、日本のような引き出物はなく、ちょっとしたお菓子(ほんと、おひねり程度)があるのみ。
 私の司会としての最後の仕事は、それを知らない日本人の来賓のために、「中国では好きな時に帰っていいですよ。」と日本語でアナウンスすることである。アナウンスを終えると、私も事務所の運転手さんに送ってもらって帰宅の途に。
 私にとっては、午後のリハーサルから夜までの半日だったが、新郎新婦にとっては、実はこの日、朝から結婚式行事があったのである。
 初めに、新郎が伴郎(バン・ラン:新郎の付き人。主に独身の友人。)を伴い、花やリボンで飾った車を運転し、新婦の家に迎えに行く。出発の際、新郎の家族は爆竹でお見送り。(もちろん、この段階では新婦はキレイにメイク・アップし、自宅待機している。)
 新婦の家に着いた新郎は、新婦に会いに行こうとするが、新婦の友達や親戚が、新郎を中に入れないどころか、追い返そうとする。そこで新郎は紅包(ホン・バオ:赤いお年玉袋に入ったお金)を入口の親戚や友人に渡し、ようやく家に入れてもらう。
 そこで待っていた新婦に改めてプロポーズし、新婦の家族と談笑した後、自分が乗ってきた車に新婦を乗せ、新郎の家に戻ることとなる。その車に乗る際、新婦の母親は新婦に新しい靴を履かせてやるのだが、ここは新しい道を歩み始める娘に靴を履かせる母、少し感動するポイントのようだ。
 再び爆竹で見送られ、新郎の家に着いた二人は、新郎の両親と一緒に、子宝に恵まれるようにと、棗(なつめ)の入った甘いスープを飲む、そんな儀式を午前中に行っていたのである。
 上海では、日本人女性から見ると羨ましいほど、女性管理職も多く、また「剰女(シェン・ニュイー)」と呼ばれるような、仕事漬けで男性への要求が高く、結婚できない(しない?)女性が多いと言われる。一方、日本同様、「婚活」も盛んで、婚活博覧会のポスターもあちこちに見られる。
 そして、いざ結婚となると、「面子(ミィエン・ズ):メンツ」の文化を象徴するような、大規模な披露宴を開催し、大皿料理を次々と運び、どのテーブルも沢山お料理が残ってもったいないほど。お料理がキレイになくなっているようでは「けち臭い」のだそうである。
 また、引き出物は特にない、と書いたたが、参列者はやはりお金を包んで新郎新婦に渡し、新郎も新婦の家に迎えに行くときも散財するので、結婚式には日本円にすると数百万円程度のお金が動くことは、上海では珍しくないようである。
 もちろん若い新郎新婦が全額負担できるわけがなく、新居の準備も含め、上海での結婚は親のバックアップなしには一般的には考えられないと、よく聞く。
 ところで、こんな素晴らしい思い出と経験をさせていただいた元同僚カップルも、先日お子さんが生まれたとの連絡をもらい、急いで日本製のプレゼントを送った。そしてふと、「こんな日本製のギフトは、中国で需要はないかな…?」と思い、別の中国パートナーに聞いてみたところ、「中国での冠婚葬祭は、プレゼントじゃないの。お金なの。ギフト市場は誕生日とか、何かの記念日とか、そういうシーンでしか無理ね。」
 なるほど。近い国だが、いろいろ違いがある。これからも、今度は日本からお付き合いしていきたい。