グローバル・ウインド 上海レポート~尖閣問題勃発から4か月~(2013年2月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
上海レポート ~尖閣問題勃発から4か月~
今もなお、日本のネットニュースでは毎日のように例の領土問題、悪化した国交のニュースを目にする。また1月中旬、AKB48の姉妹版、SNH48が上海にてデビューした際の日本のニュースにも「このような状況下」という枕詞がついていた。そして、いまだに「中国で大丈夫ですか?」という連絡もいただく。
政治の世界の話は別として、正直日本のメディアの表現にうんざりするほど、上海での生活は平穏で、日本企業の方々も通常通り忙しい毎日を送っておられる。もちろん、広大な中国の事、こんなに平和なのは上海だからであり、北京から出張で来られた方は、いまだにタクシー内で日本語を話さないようにしている、との話も聞く。
筆者は上海の某都道府県事務所(以下、当事務所)で、中国ビジネスを検討・展開する中小企業のサポート業務、および昨夏に当事務所主催でオープンした同県商品の常設展の管理にも携わっているが、上掲問題勃発以降、中国市場をめざす日本企業の対応にどのような変化があったかについて少しレポートしたい。
まず、我々の相談対象企業(某都道府県に主たる事業所を置く中小企業で、中国市場を目指す、あるいは拡大することを希望する企業)が「例の件」以降大きく二つのタイプに分かれるのに気付いた。
「進出」か「非進出」か、ではなく、「中国事業継続」か「中国事業撤退」か、でもない。「中国企業継続」か「非進出」かなのである。簡単に言うと、本件問題勃発後、中国ビジネス展開に多少の軌道修正はあっても基本的に業務を続ける企業と、もともと中国市場を遠くから眺めて行こうかどうしようか迷っていたが、この件が起こったので行くのを止めた企業の二種類に大別されるのである。
つまり、既にヒトや事務所、準備室などを含め、中国に何らかの拠点を持っていたり、長期出張者が常に中国と交流しながら調査を進めたりするタイプの企業は、中国企業側のニーズに変わりがないことを直接確認できるため、継続の形式・規模の差こそあれ、まずは事業展開を続けるのである。一方、我々当事務所に「中国は大丈夫でしょうか?」「こんなニュースがありますが…」「私たちの商品を中国富裕層に売りたいのですが…」と、メディアや他人の情報をたよりに、市場の大きさだけに着目してしまうタイプの企業は、やはりこういう「事態」が起こるとメディア情報を基に進出を諦めてしまう。
中国進出済みで(当然)今も事業を継続する企業の方々に、ヒヤリングも行っているが、中国ビジネス歴が長い企業なら、「この状況」を、「2005年も同じようなことがあった。外国ならこのようなことはあっても仕方ない。今は粛々とできることをやる。」と腹をくくって時機を見ておられる(或いは今迄通り業務を続ける)ようだ。また、最近中国に進出した企業であっても、何より中国パートナーがそのまま取引を継続したいと希望し、「対立」感情など微塵もないのが中国に居て、こちらの方々を接していると判るので、事業継続のポイントが「やるか」「やらないか」ではなく、「いかに”良く”するか」に置かれているのである。筆者も、デモが起こったころは少し心配になったものの、現地の同僚も、近所の商店の店員さんも、そしてタクシーの運転手さんも何も変わらないことが感じられたし、多くの人々が「老百姓(ラオ・バイ・シン:一般庶民)には関係ないことさ」と言ってくれたので、西安や成都で起こる暴動のニュースが信じられず、中国の巨大さと地域差を思い知らされた。
さて、もう一方の「非進出」タイプの企業の行動傾向についてであるが、当事務所主管の常設展示や他の各種展示会であっても、商品は出してみるが、反応を見るための人を派遣することも少ない。仮に現場で現地バイヤー等から引き合いがあったとしても、回答に時間がかかったり、中国バイヤーについての逆質問をされたりもする。中国では日本よりもスピード重視の風潮があるため、返事が遅いと、ビジネスをやる気がないものとして中国側も諦めてしまうことが多い。また、当事務所で相談や情報収集依頼に応じていても、中国に対して不信感がまず先に立ち、「やる気度」がそれほど強く感じられない企業は「一歩が踏み出せない」このグループになるようである。例の問題が起こった9月以降、当事務所では中国既進出企業からは「販売促進、法務、労務、業務提携」と、今でも様々な方面で相談を受けている一方で、未進出企業からの「新規会社設立」相談が面白いほどなくなった。
整然とデモ(上海) 今はそれより大気汚染が深刻!
このように上海では、社会的には落ち着いていて、既進出企業は通常業務を行っているとはいえ、去る1月24日の財務省発表では、2012年の対中貿易赤字は震災で輸出の落ち込んだ2011年よりさらに悪化し、前年比10.8%マイナスと、日中貿易全体では国交問題を裏付ける数字が出ている。
もちろん、対中貿易赤字の幅が広がったのは、この問題だけが原因ではなく、震災と放射能事故の件から、米や茶等の食品が今なお輸入不可能となったままであり、また加工食品にしても通関に膨大な時間がかかるなど、食品系で取引を諦めざるを得なくなった企業も多いのかと推測する。中国では食の安全への関心が高まり、価格が高くても日本製の食品を購入する富裕家庭が増加してきたところで震災が起こったため、食品業界にとっては、大きな痛手になっている。食の大国だけあって、地方物産展等の展示会でも食品があるのとないのとでは、集客力に大きな差がでているのも事実である。
とはいえ、食品分野でも、模索を続けられる企業も多く見かける。現地パートナーと協力し、税関に必要条件や書類等の明示を求め、輸入ルートを確立している企業、大陸は難しそうなら香港や台湾での展開をしながら好機を待つ企業、中国国内での材料厳選、製造販売を行う企業、そして商流が止まっていることを好機ととらえ、現地スタッフを日本に呼び、研修を行う企業など。さらには、昨年末にプレオープンした上海高島屋レストラン街の某日本料理店も、現地パートナーを活用して現地食材を厳選、今や毎日長蛇の列となる人気を誇っている。要はやる気なのだ、と、こちらが感嘆してしまう。
中国側パートナー企業からも、苦言をいただいたことがある。「今や中国は世界の激戦区である。どの先進国も経済事情が芳しくなく、中国に新しい道を求めてきている。なのに日本人は”こんなこと”ぐらいで直ぐに中国出張を諦め、みすみすビジネスチャンスを逃してしまう。各中国企業の要人ともアポイントを取ったのに、『両国関係が悪化しているから』と、ニュースの内容だけを過信し、現場を見てもいないのに、中国側は待っていると言っても出張をドタキャンする。中国企業側の信用をなくすことばかりしている。」と。
市場が大きいから、潜在性が高いから、と、むやみやたらに中国市場進出を勧めるつもりはない。やはり国が異なれば、言葉、通貨、法律や規則も異なり、それなりの専門知識が求められ、中小企業にとっては負担も増えることは間違いない。ただ、そのコストや労力の投資に見合う将来性があるのかどうか、進出する価値があるのかどうかについては、自分の目で見て、肌で感じて判断するべきだ。インターネットの普及で、出張コストが大幅に削減できる今日この頃であるが、新規海外進出に関しては、ネット経由の情報交換だけでは余りに不十分であり、「何か」が起こった際の判断基準も確立できない。
既に色々な方に言われつくされていることかもしれないが、筆者自身、この「尖閣経験」を経て海外進出には以下のポイントが重要だと考える。
1. 「海外進出にカントリー・リスクはつきものである」と肝に銘じる。
● その国の状況、日本との関係史から自社なりにリスクと対処法を想定する。
● 日本が世界の標準ではない。
その国の(社会・ビジネスでの)常識を客観的に知る。
2. 経営者が腹をくくる。やると決めたら、できることをできるところから徹底的に攻める。
● 市場を見ずに、市場に応じた商品開発・販売はできない。
まず市場を見ること。
● 正しい判断ができるよう、
現地パートナー、サポーター等の現地情報源を多く確保。
3. やると決めても出来なくなる場合もある。EXIT戦略は初めに想定し、社内で明確にする。
● 「何のための海外進出か」、
その目的が達成できなくなる状況を想定する。
筆者は中国に長くいるから中国贔屓なのかもしれない。最近は中国から別の東南アジア市場へというニュースも見かけるが、やはり中国市場の巨大さは(インド以外)比較の対象にならないだろう。もちろん、一朝一夕に良いパートナーなど開拓できる訳もなく、日本で流通している商品がそのまま中国で受入れられるとは限らない。何のために海外展開するのか、何がリスクなのかをメディアのフィルターを通さず、まず企業自らの努力で情報を集め、判断してほしい。
さて、堅苦しい話となってしまったが、中国では今は旧暦のお正月、春節シーズン(今年は2月10日が元旦)である。遠く離れて都会に住む人も、皆故郷に帰り、円卓を囲んで年越しをするのが習わしである。広い中国では、地域により食べるものも異なり、東北部では餃子、江南部ではもち米を使った湯円(という団子)や火鍋、そして南方で海に近い地域では魚生(刺身入りサラダ)等と地域色豊かである。いずれも、家庭円満を願って、皆でワイワイ集うことが大切らしい。
生真面目で四角四面で、突っ込んだコミュニケーションが余り得意でない日本人も、大陸へ来て、円卓を囲んで一緒に料理をつついてみれば、自分なりの情報収集第一歩が踏み出せるような気がする今日この頃である。
春節料理(もち米) 春節料理(火鍋)