三宅 幹雄

 
【はじめに】
 人も企業も日々徳望を磨こうという気持ちで表現しました。「成蹊」は大学名にもありますが、「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す《「史記」李広伝賛から》」とあるように、「美しい桃や李の木の下には、人が来て自然に路ができるように、徳のある人の周りには自然と人が集まって従うようになる」という意味です。
 これまで経済社会のキーワードは「成長」でした。しかし右肩上がりの成長下での活動はもはや成り立ちません。量より質を高めることが求められるようになりました。質を高める成長は「成熟」という表現もありますが、ここでは社会に認められる意味を込めて「成蹊」と表してみました。
 では企業が高めるべき質とは何でしょうか。このヒントとして経営上の重点課題についての調査があります。それによると財務面の強化など社内の内部体制を固めた上で、「新分野進出・新事業展開」など攻めの経営を強化する傾向がみられます。さらに「ビジョン・戦略」、「企業間連携」、「コーポレート・ガバナンス」など、企業のあり方が経営上の重要課題となっています。この企業のあり方について考えてみます。
【ビジョン・戦略】
 なでしこジャパンの活躍がまだ脳裡に残っています。ブラジルワールドカップ出場に向けて奮戦している男子サッカーも楽しみです。なでしこキャプテンの沢選手は「夢は見るものではなく叶えるもの」、そして「女子サッカーに目を向けてもらうために優勝する」という思いで、代表になってから10数年という長きに渡り努力を続けられました。
 そして、ワールドカップでの優勝とオリンピックでの準優勝が我々に元気と力を与えてくれました。それは優勝したからというだけでなく、決して諦めない、倒されても直ぐ立ち上がる、汚い行為はしないという、ひた向きな姿勢が感動を呼んだからだと思います。
 サッカーといえば、監督が替わったとたんに優勝を争うチームに変身したり、嘘のようにひ弱になるケースが散見されます。プレイするのは選手ですが、監督の存在が結果に大きな影響を与えることが見て取れます。
 まず、ビジョンを示すということです。優勝というストレッチした目標を示すことで動機づけがなされます。そして勝つための戦略(サッカーではシステム)を具体化することです。試合に勝つためには得点が必要ですが、全員が点を取れるわけではありません。得点したものだけが注目を浴びるのではなく、メンバー全てが達成感を味わえるような、明確な役割分担や組織作りが求められます。
 それに大きく関与するのはチーム内での共通認識と相互理解です。リーダーシップを発揮するために不可欠なのはコミュニケーションの円滑化です。リーダーの指し示さんとする意味が混乱していては物事は進みません。「バベルの塔はなぜ失敗したか」という問いかけに対して、ある時まで人類の言葉は一つであったが、バベルの塔を構築して神に近づこうという人類の野望に神が激怒して、人々の言葉を多くの違った言葉に分けたために、コミュニケーションが取れずに結局失敗したという答があります。
 同じ言葉を話していても理解し合えていないケースは、スポーツにおいてもビジネスにおいても、また私生活においても枚挙に暇がありません。こうして見ると、監督と経営者はリーダーとして、その手腕は類似しているといっても良いでしょう。
【企業間連携】
 M&Aや経営統合が注目されていますが、ここでは連携による企業価値の向上について考えます。連携は企業間のみでなく、地域・社会との連携を含みます。
 社会に受け入れられるのはどのような企業かについて、新しい考え方や価値観を持って熟慮する必要性に加えて、市場に受け入れられる商品はいかなるものかを検討し実現することも大切です。企業にとっては、まだまだ多様な事業機会が生じ得ます。ドラッガ-のいう「問題解決を図るよりも、新しい機会に着目して創造せよ」を実践すべきです。すべての機会とチャンスは外にあるのです。
 そうした新たな機会を的確に捉えるためには、差別化された高い技術レベルとソフト・サービス面での強化の他に、フレキシブルな事業運営とそれを可能とする柔軟な組織形態の構築が必要となります。そして、個々の企業における強みを活かし、弱みを克服するために連携は必須ともいえるでしょう。
 国においても、平成17年4月13日に施行された「中小企業新事業活動促進法」で「新連携」を、平成20年7月21日に施行された「中小企業者と農林漁業者との連携による事業活動の促進に関する法律」で「農商工連携」の推進を後押ししています。また、平成19年6月29日に施行された「中小企業による地域産業資源を活用した事業活動の促進に関する法律」では、個別企業での「地域産業資源活用事業」を後押ししていますが、これは企業と地域との連携と見ることができます。これらの連携事業にぜひ取り組んでいただきたいと思います。
 このような連携への取り組みにより、企業が振興されるのみでなく、地域経済の活性化も図られ、近江商人の商業理念にある「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」という言葉の実践となります。さらに一歩進んで二宮尊徳のいう推譲(富の還元)につながります。
【コーポレート・ガバナンス】
 企業は社会に認められてこそ継続します。そして認められるためには評価を受けるような行動を実行しなければなりません。では評価を受けるような行動とはどのようなものでしょうか。それは、公正にビジネスを行ない社会の維持・発展に寄与すること、その行動が実現できるように組織の理性と良心が働く仕組み(体制、制度、風土)を備えること、であるといえるでしょう。
 前者は企業の経営理念を規定するものです。『いったい企業は何のためにあるのか』という根源的な問いに答えられるビジョンおよび価値基準を示す必要があります。また後者はその方向へ自らを導いていき、必要に応じて見直しができる能力を表しています。経営理念に基づいてインテグリティ溢れ、礼儀正しい企業活動が遂行されるような仕組み形成することが必要です。
 企業倫理は経営における誠実性の発揮という、いわば自主的な活動ではありますが、取り組んでも取り組まなくても良いというものではありません。最小限の範囲の道徳を規定しているものが法律であり、それ以上の範囲を規定するものが倫理とする見方が広まっており、企業倫理の道を外れた場合は法律的な罰則はありませんが、企業の存続を危うくするほどの社会的罰則(信頼失墜、製品ボイコット、従業員のモラール低下など)を伴うものです。逆にいえば、社会から感謝や尊敬される企業活動を実行することが、繁栄への必要条件でもあります。
 倫理観溢れる行動とは、自らを見直して問題があれば主体的にそれを改める。しかも、組織においては役職の上下の別なくこれを行なう。そのために、現実を直視する態度、大きな流れに無批判に同調しない態度、問題がある場合はそれを直言する態度を示すものです。これが本質であると考えます。
【おわりに】
 以上のような質を高める活動を継続することで、社会に求められる企業となるものと考えます。「日本で一番大切にしたい会社 その1、その2、その3」(坂本光司著、あさ出版)には、そのような企業が紹介されています。著者は法政大学大学院教授で「現場で中小企業研究やがんばる中小企業を支援する」ことをモットーに、6000社を超える企業を訪問されているとのこと。その多くの大切にしたい会社の中から絞って紹介されています。
 『会社は誰のために』を考えるとき、お客様、株主、取引先、地域社会、従業員などの多くのステークホルダーが上げられますが、著者は最初にあげるべきは従業員であると主張されています。会社の使命は経営理念やビジョンにより表現されており、その実現は従業員の行動によりなされ、彼らが活き活きと活動しなければ達成は出来ないというのがその理由です。従業員満足度の重要性を上げる企業も増えてきました。
 最終的には選手の動きが大きくものをいいます。試合中のひた向きなプレイ、決してあきらめない心・・、企業においてもメンバーの活き活きとした行動を通じて、企業価値が大きく向上するでしょう。
 このような行動を導くための環境を作ること、そして社会に役立つような経営を続けること、正しい組織運営を行うことといった、言わば当たり前ですが本質的でかつ優しさのあふれる取り組みの大切さを、成長は望めずかつ競争に疲弊した社会でもう一度振り返るべきと改めて感じています。
 
 
 
■三宅 幹雄
ビジネスコア代表
中小企業診断士、技術士(情報工学)
NPO法人ミュージックasパレット理事
ワクコンサルティング株式会社執行役員
業務プロセス改革、SCM構築、サービスサイエンス、新事業展開などのご支援、プロジェクトマネジメント、人材育成などの研修に携わっています。