専門家コラム「知的資産経営~「強み」を活かす経営のすすめ」(2012年3月)
■企業競争力、差別化、強み
企業を取り巻く経営環境は厳しさを増し、競合先との競争力がますます求められています。では、いったい何で競合先と競い合えばよいのかといえば、それは他社にない差別化要素をもち、これを顧客に評価していただくということに他なりません。顧客を惹きつけ、顧客に安定的に評価していただける差別化要素をもっていること、これが「強み」をもつということです。
■「強み」と「弱み」
どの企業にも「強み」と「弱み」があります。「強み」を伸ばし、「弱み」を克服するということは、いわば当たり前のことのようですが、考えておきたいことは、「弱み」を克服したところで、その結果が業界で「並み」の水準に届く程度であれば、顧客を惹きつけ、顧客に評価していただける差別化要素にはならないということです。
「並み」の要素しか持たない企業は、今まではやってこれたかもしれませんが、競争が一段と加速する今日・今後を考えると、しだいに辛くなっていくことでしょう。企業の存続を危うくする「弱み」については、優先度を上げてその克服を行う場合もありますが、限られた経営資源を何に優先的に振り向けるのかを考えた場合、基本的には、顧客を惹きつけ、顧客に安定的に評価していただける差別化要素、すなわち「強み」の育成とその活用に振り向けるべきでしょう。
■「強み」の活用を本物にしていくために
とはいっても、「強みを活かした経営をしなければならない」といったお題目は、耳にタコができるくらいによく聞く、ありふれた言い回しです。そうであるが故に、それが単なるお題目に終わってしまい、具体的には何も取り組まれていないといったケースが少なくありません。
また、「改めて考えてみると、いったい何が強みなのかよくわからない」「強みを育成したり、実際に業績向上に結びつけるために、何をどうしたらよいのか、よくわからない」という声も聞かれます。
では、「強み」の活用を本物にしていこうとする場合に、考えておきたいポイントは何でしょうか。
■「強み」はどこに宿るのか
では、「強み」はどこに宿るのでしょうか。
どの企業にも顧客があり、顧客に対して何らかの製品・商品(以下、物財とよびます)かサービスを提供しています。この物財やサービスそのものに、まずは顧客を惹きつけ、評価していただける差別化要素が期待されます。
この物財やサービスは、企業活動の結果生み出されるものですから、「強み」は、物財・サービスに存在するだけでなく、企業活動そのものの中にも宿っているはずです。優れた製品には、それを生み出した職人の技術や、それを形ある製品へと結実化させた業務プロセスが存在しているということです。
また、物財やサービスは、その提供のしかたを含め、顧客との関係の中で提供されるものです。「強み」は、企業内部だけでなく、顧客との関係性の中にも存在するということです。
このように「強み」については、物財やサービスそのものに表れたものだけでなく、それをもたらした可能根拠や背景、それを支えているものは何なのかと掘り下げて考えてみることが重要です。これを掘り下げていくと、経営理念や企業風土といったことにまでたどり着くことも少なくありません。「強み」は、物財やサービスといった「表層」だけでなく、企業の「内奥」にも宿っており、これを的確に抽出することが、「強み」を活かす経営にとっての前提条件となります。
■「強み」を活かす領域
企業の資源は、「ヒト・モノ・カネ・情報」といわれます。残念ながら中小企業の場合は、これらの経営資源が潤沢ではありません。限られた経営資源の中に「強み」の源泉を探すとすれば、おのずと「ヒト」や「情報」にかかわる部分に着目していくことになります。
さきに見たように、「強み」は、物財やサービスそのものだけでなく、それを生み出す企業活動や、外部ステークホルダーとの関係、そして企業のあり方そのものの中に存在します。この領域は、いいかえれば「ヒト」や、「ヒト」の上に成り立っている「組織」、「外部との関係性」、そして「情報」の領域です。
経営資源が乏しい中小企業にあっては、「強み」を、「ヒト」や「組織」、「外部との関係性」、「情報」などの領域に求めざるを得ません。これらの領域は、見方を変えると、財務諸表では表れてこない経営資源の領域です。中小企業においては、財務諸表(=モノ・カネを表す)には表れてこない経営資源の領域の中に、意識的に「強み」の源泉を見出していかなければならないということです。
■「強み」を活かす取り組みのマネジメント
「強みを活かす経営」ということを、お題目に終わらせることなく、業績向上に実際に結びつけていくためには、「強み」を活かす取り組みのマネジメントが不可欠です。マネジメントといえば、PDCAと呼ばれるマネジメントサイクルが重要となります。
PDCAサイクルとは、経営を進めていく場合に、計画をたて(PLAN)、その計画を実行し(DO)、しかるべきタイミングでその実行状況を計画に照らし合わせてチェックし(CHECK)、チェックの結果に合わせて取り組みを見直す(ACTION)というものです。それぞれの頭文字をつなげてPDCAです。
この経営マネジメントの基本を、「強み」を活かす経営においても、同じように取り組みます。PLANでは、「強み」を把握しなおし、「強み」を活かす経営計画をたてます。DOでは、「強み」を活かす経営そのものをすすめます。そしてCHECK、ACTIONで、それぞれ、「強み」を活かす取り組みのチェックと、見直しを進めるのです。
■「強み」のマネジメントのための指標
ここで考えておきたいことは、「強み」を活かす取り組みの進み具合・徹底度合いを、何らかのかたちで、指標化するとマネジメントがしやすいということです。
たとえば、サービス業で、自社の強みのひとつが「真心のこもった優れた接客サービス」であるとした場合に、この強みの評価指標を「お客様の満足度」とするのです。(「お客様からありがとうと言われた回数」でもよいのです。-これらはあくまでも例です。)
そして、この評価指標には具体的な経営目標値を設定します。たとえば、今期は、「顧客満足度は、お客様アンケート(5段階評価)で、平均4以上」に設定すると。(あるいは「お客様からありがとうと言われた回数をスタッフ一人につき月平均5回以上」に設定すると。-これらも例です。)
その上で、この評価指標の達成状況と、実際の業績の状況を、両者の相関関係としてチェックしていきます。評価指標の達成状況に見合って、業績も上がっていれば、「強み」が経営の中で活かされていると判断できるでしょう。
逆に、評価指標が目標に達しているにもかかわらず、業績が芳しくない場合は、評価指標自体の設定が妥当であったのか否かをふくめ、いろいろなチェック・見直しが必要になります。こうした「見直し」を繰り返して行く中で、「強み」の活用と「業績」の向上が、しだいに精度の高い相関関係となっていくのです。
■「知的資産」とは
中小企業においては、財務諸表(=モノ・カネを表す)には表れてこない経営資源の領域の中に、意識的に「強み」の源泉を見出していかなければならないということを先に述べました。経済産業省では、人材、技術、技能、特許、企業イメージ・ブランド、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなど、財務諸表上には表れてはこないが、企業競争力、すなわち「強み」の源泉となる経営資源のことを「知的資産」とよんでいます。
似た言葉に「知的財産」があります。「知的資産」は「知的財産」をもその一部として含みますが、前述のとおり、もっと広い意味を持っているのです。
「知的資産」のうち、「ヒト」に依存するものを「人的資産」と呼びます。経営者・従業員のもつ資質・経験・ノウハウ・技術などがあります。「知的資産」のうち、「ヒト」依存から脱却し組織に根付いたものを「構造資産」と呼びます。独自のビジネスモデル・業務プロセス・システム・組織文化などあります。「知的資産」のうち、企業と外部ステークホルダーとの関係の中に存在するものを「関係資産」と呼びます。ブランド、顧客ロイヤリティ、顧客満足度、取引先との緊密な関係などがあります。
■「知的資産経営」とは
「知的資産経営」とは、こうした「知的資産」を積極的に見出し、強化し、企業価値の向上に向けて活用していく経営のことを指します。経営資源が乏しいといわれる中小企業こそ、この「知的資産経営」を推し進めるべきだとの観点で、2005年頃より経済産業省が、その普及に力を入れてきています。
「知的資産」「知的資産経営」というと、少し近寄り難い印象をもつかもしれませんが、そのエッセンスは、既に見てきたように、
・「強み」を活かすことにこだわる
・「強み」を、財務諸表には表れない、「ヒト」や「組織」、外部関係先との関係性の中にもとめる
・「強み」を活かすために、評価指標なども工夫しながらPDCAのマネジメントサイクルをまわす
というところにあります。
もうひとつこの経営スタイルの特徴を上げるとすれば、それは「強み」とそれを活かす経営の取り組みを積極的に外部ステークホルダーに情報開示することを重視するということです。なぜならば、知的資産=「強み」は、企業情報を外部に伝える代表的手段である財務諸表には表れない経営資源であるため、積極的に情報開示しないと、それらが外部ステークホルダーに伝わらず、それは「機会損失」にもつながる「もったいないこと」であるからです。
各社がしのぎを削って差別化を図ろうとする今日、あまたある競合先の中から「我が社」を選択し評価してもらうためには、「我が社」の「強み」をよく整理した上で、関係先にアピールしていくことが重要だということです。知的資産経営の手法ではそれは、「知的資産経営報告書」を作成し、開示するという形で具体化していきます。
■「知的資産経営」=「強み」を活かす経営のすすめ
「知的資産経営」=「強み」を活かす経営は、特別な手法の経営ではありませんし、特定の事業者向けの経営でもありません。どんな事業者でも取り組むことができ、効果が期待できる経営手法です。ご関心をもっていただけた経営者の皆様、ぜひ最寄りの中小企業診断士にお声がけください。
■土田 健治(つちだ けんじ)
土田経営コンサルティング事務所代表
中小企業診断士・ITコーディネータ
社団法人中小企業診断協会東京支部中央支会理事
同東京支部「知的資産経営研究会」副代表、知的資産経営学会会員
<著書>
「知的資産経営が中小企業を強くする」(静岡学術出版/共著)
「知的資産経営支援マニュアル」(平成23年度中小企業診断協会本部調査研究事業/主任研究員)