宇都宮 徳久

 いま美容室では人手不足が深刻化しています。美容師不足で閉店したり、退社美容師の補充ができず業績が悪化している例も見受けられます。このご時世、人手不足は美容室業界(以下、美容業界と記述)に限ったことではありませんが美容業界特有の課題もあります。

1. 美容室の担い手不足時代の到来
(1)全国美容師数
厚生省/衛生行政報告:509,279人(前年対比4,581人、0.9%増) 2016年調査
総務省/経済センサス活動調査:443,241人(前々年対比19,496人、4.2%減) 2016年調査

両調査では調査の基準が違うためで一概に言えませんが、ほぼ横ばいの状況と推定されます。

※全国美容室数
厚生省/衛生行政報告:243,360軒(前年対比3,62軒、1.3%増) 2016年調査
総務省/経済センサス活動調査:172,304軒 (前年対比3,184軒、1.8%減) 2016年調査
NTT/タウンページデータベース:153,014軒 2016年調査

データにより軒数にかなりばらつきがあります。これも調査の基準が違うためです。おそらく20万軒程度で横ばい状況と思われます。

(2)美容学校卒業者の減少
理美容ニュース:美容学校卒業者は1万5,664人(前年対比461人、2.9%減) 2017年3月現在

この10年間で最低でした。卒業者数は2005年度に2万4338人を記録しましたが、2011年度以来1万5千人~1万6千人台前後で推移しています。卒業者全員が国家試験に合格するわけではないので実際の美容師登録者はもっと少ないでしょう。

(3)美容室に入社してもすぐに辞めてしまう
 美容室に入店後の3~4年のアシスタント期間中に3~4割が離職しています。また7割程度は20代で美容師から引退しています。(女性モード社/ビューティ総研2015年)

(4)美容業界から去ってしまう
 10年後には10%しか美容業界に残っていないともいわれています。
 退職して他の美容室に勤務するなら理解できるのですが美容とは関係のない業界に流れてしまうことが残念です。女性美容師は結婚・出産・育児~子育て等の理由で離職する場合もありますが、これを機に美容業から離れてしますことも多いのが現状です。

2. 美容師の美容室離れの理由と背景
 なぜ定着率が悪いのでしょうか。美容師はいつの時代も女性の人気職業ランキングの上位に顔を出しています。美容師は国家試験に合格しなければ美容師にはなれません。一般的なコースは2年間の美容専門学校を卒業し国家試験に合格の上、都道府県知事の登録を受けるという流れです。2年間の学費は美容材料費・実習費を含め200万~270万程度は必要です。それだけ時間とお金を投資したにもかかわらず美容師資格を活かさないのは何と勿体ないことでしょうか。

(1)アシスタント期間(下積み期間)が長く辛抱できない
 スタイリスト(技術者)への道のりは、美容専門学校を卒業後美容室に就職し3~4年間アシスタントを経験します。その間にスタイリストになるために必要な技術や知識・接客方法等を学びます。その後、店内試験に合格しやっと一人前になれます。やっとプロとして稼げるステージに進みます。かつて3K職場と揶揄されたこともありましたが、給料が安い、労働条件が悪い、労働時間が長い・不規則、人間関係の煩わしさ等、夢と現実のギャップの大きさに辛抱できず離職してしまうアシスタントが後をたちません。かつての徒弟制度の中では当たり前だったことが現在では通用しません。

(2)技術習得の大変さについていけず脱落してしまう
 次に挙げられるのが、スタイリストになったものの技術の伸悩み、集客力不足(指名客が思うようにとれない)で自信喪失の時期があります。また、給料は働きに応じて昇給するものの、労働環境、人間関係の煩わしさ等が解消されるわけでもありません。ここで離職してしまうと他業界へ流れ美容師を引退してしまう可能性が高くなります。

(3)女性美容師の美容室復帰の困難さ
 女性美容師には、結婚・出産・育児というステージがあります。一定期間、キャリアが中断されてしまうため復帰に困難が伴います。
 育児休暇が取得できる美容室であればいいのですが、そうでなければ新たに就職先を探さなければなりません。また、自宅近くで気に入った職場があるとは限りません。再就職しても現場から離れていたため、復帰のための教育訓練が必要となります。
 さらに、家庭では家事・育児~子育てをこなさねばなりません。子供を預け復帰したくても待機児童の問題もあります。

3. 休眠美容師の戦力化と働き方改革
 いま、美容室にとって最大の課題は、「人材確保と人材育成」です。新卒美容師の採用の厳しさは上述の通りです。地方の美容専門学校を卒業しそのまま地域の美容室に就職する卒業生は別ですが、あこがれの一部人気美容室に殺到する一方で多数の美容室は新卒生の採用は困難な状況が続いています。
 そこで考えられるのが、60万人以上いるといわれる休眠美容師(美容師免許を保有しているが美容の仕事に携わっていない美容師)を戦力化することです。美容師免許を保有していなければお客様に技術をすることができませんので貴重な人材なのです。休眠美容師の2割は美容室業界に復帰したいとの希望を持っているとのアンケート結果もありますのでかなりの担い手が眠っているといえます。(女性モード社/ビューティ総研2015年版)

そのために以下の条件を整備することが必要です。
(1)復帰美容師への集中教育の充実
 一定期間現場を離れていた美容師には短期集中的に新しい美容技術・美容知識・ヘアスタイルのトレンド・接客方法等を教育する必要があります。そのため受入れ体制の整備が重要となります。Off-JT、OJTに時間が割けない場合は、例えばタブレットに教育システムを組込み計画的に教育訓練できるような仕組みも開発されていますので利用しない手はないでしょう。

(2)働きやすい職場環境の充実
 復帰を希望する美容師はほとんどがママさん美容師と察せられますので働きやすい職場環境の整備が欠かせません。家事・育児~子育てと就業が両立できるような柔軟な働き方(残業のない働き方、就業時間数・曜日等を選択できる働き方等)を選択できる制度を整えることが重要です。あわせて店長・他のスタッフの理解等良好な人間関係も重要であり、定期的な面談・ミーティングを実施しましょう。
 あわせて、優秀な美容師をとどめておくための育児・介護休業制度の整備は必要でしょう。
 いったん退職しても復帰できる再雇用制度の整備も重要でしょう。

4. 助成金の有効活用
 国(厚生労働省)ではこうした取組みに対応できるように各種助成金が準備されています。美容室界の最大の経営資源は「ヒト」です。教育や職場環境の整備には時間とコストがかかります。助成金を最大限有効活用することをお勧めします。
 例えば人材育成に関する助成金には、キャリアアップ助成金、人材開発支、援助成金などがあり、働きやすい職場つくりには、両立支援助成金、職場定着支援助成金等があります。

 美容の仕事が好きでたまらなかった美容師に働きやすい職場環境を提供することにより担い手不足を解消し、地域経済の担い手である美容室が繁盛して欲しいと切に願います。

【参考文献】
厚生省/衛生行政報告
総務省/経済センサス活動・基本調査
NTT/タウンページデータベース
理美容ニュース
女性モード社/ビューティ総研/美容師が知っておきたい54の真実

●略歴
宇都宮 徳久(うつのみや とくひさ)
一般社団法人東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員 研修部副部長
一般社団法人東京都中小企業診断士協会中央支部 能力開発研究会幹事