専門家コラム「会社も社員も元気になる「健康経営」のススメ」(2018年5月)
弥冨 尚志
健康経営という言葉のみ捉えれば従業員の健康管理の充実、いわゆる労務管理の1つの取り組みと思われがちですが一言で言えば「組織力・経営力の向上につながる取り組み」と言えます。それは企業の永続的な発展の礎になる取り組みであり企業風土を変革していくことにつながります。なぜ健康経営がそこまでの力があるものかと言うと、従業員の働き方に対する意識とコミュニケーションの在り方について抜本的に変革していくプロセスが内包されているからです。そのことを踏まえて企業診断7月号をお読みいただくと「これは凄い」合点頂けると思います。そこで健康経営の背景や現状の取り組みそして事例、その効果などについては企業診断の記事に詳細な内容が述べられているのでそちらに委ねるとしてこのコラムにおいては大手・中小企業に関わらず健康経営とはどういったものなのか簡単にご紹介させて頂きます。
あらゆる組織体は内外の環境変化に対応して変革・発展を積み重ねていくことで組織目的を達成することにあります。それを牽引するエネルギーは強いリーダーシップであったり経済的な利益の誘因であったりします。平たく言えば経営者の行動力の高さや良質なビジネスモデルが環境とマッチしているなどです。しかし特定の人物や環境に依存しすぎると組織の硬直化や腐敗するなど組織としての機能や活力を低下させてしまうこともあります。そういう場合に組織全体の活性化能力が高い場合や自浄作用があればそれを回避することができる場合もあります。しかし一旦そういう企業風土になってしまうとそう簡単には自律的な作用を期待するのは困難です。
健康経営は「経営」と言う単語が示すように経営活動に資する概念であることは当然です。最終的には経済的な利益をもたらすと考えて頂いて良いですが直線的に語ることが出来ない所に課題もあります。健康経営を実践したら経常利益率が3%上がった、売上が3割増えたといった計測が困難なのです。それは直接的に業務の改善や人材育成などの取り組みでないからです。また健康経営の取り組みのみでそうなるとも言えなないからです。しかし先の組織のことに話を戻せば企業風土が仮に硬直的で社内の意思疎通が不活性と言うことで会社の業績が芳しくない場合は目に見えてその効果は実感(それでも定量的な測定は困難です)しやすいと言えます。最初、国(経済産業省ヘルスケア課)はこの健康経営の導入は企業の生産性向上に資するというエビデンスが取集できると仮説を立てていましたがそこには一足飛びにはいかない、むしろ組織風土にプラスの効果は与えることが出来る。それによって業績改善いわゆる売上拡大(もちろん生産性向上も含む)につながる、という事は言えるだろうという見方になっています。私もこの議論の場には参加し意見を申しあげると共に他の委員(健康経営に先駆的な取り組みをされている企業や研究者、経済学者等)からも私と同じ見立てだということを知ることが出来ました。
今までも組織面のアプローチから経営課題の解決に資する方法論は多々あったと思います。例えば小集団活動とかQCサークルなどです。これらの活動と健康経営の取り組みは外から眺めていると似ているように感じますが根本的に違うのは、先の活動はあくまでも会社の「業務」であり企業にとっての経済活動です。しかし健康経営はそうであはりません。企業の業務でもないですし経済活動には関係ありません(一定のコストが要しますが健康経営の場合、コスト(経費)とは考えず投資と考えます)あくまでも非業務です。少し例えとしては適切ではないと思いますが学校の「部活動」と思ってください。仮に学校は成績重視で学校の偏差値向上が目的なので部活動はその勉強の時間を奪うものだから好ましくないので無い方が望ましい、その方が勉強は捗る。そうでしょうか?短期的にはそうなるかもしれませんが中長期的には決してそうとは言えません。むしろ逆です。部活動は直接的に成績の向上につながる活動ではありません。しかしその部活動を行う個人と学校にとって成績向上と伴って学校に対するロイヤリティーの醸成(母校愛)や有効で円滑な人間関係の構築(友情)などから成績向上につながる土台、風土が出来上がる要因となり個々の生徒そして学校にとっても部活動は有益で偏差値向上にも資するでしょう。ここは先述した通り健康経営が売上げにどれだけ貢献したか定量的に示すのが困難と言う事と似て部活動を行った結果、偏差値向上に何ポイント貢献したか測ることは難しいです。
さてこの健康経営どんなメリットがあるのか事業者の方からのご相談をお受けすると先の学校のたとえ話をしたりして「まぁ~先ずは運動部に入部すれば体が鍛えられて健康的ですよ。それと同じで社員の方々が日々元気に業務に励むようになってくる。悪いことは何もないですよ。それに大した費用はいりません」冒頭に言った“従業員の働き方に対する意識とコミュニケーションの在り方について抜本的に変革していくプロセスが内包されている”だから企業文化が変わり売り上げが伸びる、と言うそこまでの話をするケースは稀です。意識の高い事業者さんだと健康経営の正体に既に気づいてご相談に来られる方などは変革プロセスのPDCAの構築手法を学びたいということもあります。でも多くの場合は「健康経営を導入している同業他社から結構薦められるが弊社でも効果やメリットは得られるのか?また費用的にどうなのか?」と言うお話が最近は多いと思います。働き方改革の推進とも相まって健康経営は今、しみ込んでいくように社会に広がっています。人手不足対策の場面でも企業側の姿勢にこの健康経営に取り組む意欲の有無を働き手側はしっかり見ていると言われてきています。健康経営アドバイザー(初級)の取得者も1万人の壁が見えてきました。そして今年度から健康経営アドバイザー(上級)の制度が開始され事業者支援が本格的に始動します。言うまでもなく中小企業診断士が先頭に立ってこの「健康経営」を中小企業に広め支援する役目を果たしていく事が望まれています。ぜひ企業診断7月号の特集記事をご覧になって関心を持って頂ければ幸いです。書店等に無い場合は直接、恐れ入りますが発行元の同友館にお尋ねください。
【略歴】
弥冨 尚志(いやどみ なおし)
中央支部副支部長兼渉外部長
認定医業経営コンサルタント
東京商工会議所 墨田支部 サービス分科会 評議員
墨田区産業観光部 経営支援課 事業承継コーディネーター
東京都よろず支援拠点 コーディネーター
NPO法人 東京都中央区中小企業経営支援センター 副理事長
NPO法人 革のまちすみだ 副理事長
東京都中小企業診断士協会 認定 健康ビジネス研究会 会長