専門家コラム「家計調査を例として、統計情報の活用を考える」(2017年5月)
中央支部 高橋 真紀
はじめに
企業が戦略を立案する際に、関連する市場について調査することがあります。その際、資金を投じて専門の調査会社に依頼する場合もあるでしょうが、まずは無料で公開されている各種統計を活用するのも一つの手です。
近年、インターネットの普及により、政府関連をはじめとして、多くの調査結果が、データベースから簡単に入手でき、その加工、分析も容易となっています。
ここでは、身近な指標である、家計調査を例にとり、その内容や調査結果を見ていきながら、企業における活用方法を考えていきます。
●家計調査とは
家計調査とは、総務省が毎月、全国約9千世帯の収入・支出、貯蓄・負債等の状況を集計したもので、景気動向の重要な要素である個人消費の動向など、国の経済政策・社会政策の立案のための基礎資料を提供するための統計調査です。
・調査方法
調査対象となるのは、学生の単身世帯を除く全国の世帯から無作為に選定された世帯で、6か月間(単身世帯は3か月間)、毎日のすべての収入と支出を家計簿に記入します。国勢調査が全数調査で、国内に住むすべての人を対象としているのに対し、家計調査は調査世帯が全国の世帯の縮図となるよう、統計理論に基づいて世帯を選定して調査を行っています。
この調査のために専用の家計簿を用意し、調査対象となった世帯には、調査員が訪問して記入の仕方をきめこまかく説明した上で家計簿を記入していきます。対象世帯は、毎日、購入した品目ごとに一品一品、金額や、重量を手書きで、専用の用紙に記載していきます。この調査結果の集計が、国内の様々な重要な指標の基となっているのです。
・調査対象と調査項目
対象の世帯は、単身世帯や農林漁家世帯も含まれていますが、単身世帯は平成7年、農林漁家世帯は平成12年から調査対象となりました。特に単身世帯は増加しており、全世帯の3分の1を超えています。消費支出額ベースでみると、未だに二人以上世帯の世帯が8割を占め、単身世帯を含む総世帯の動向のすう勢を占めていますが、これからの消費動向として、単身世帯も注目されていくと考えられます。
収支項目と呼ばれる調査項目についても、近年の消費実態を勘案し、定期的に見直しがされています。例えば、「家事用消耗品」は、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、洗剤、ポリ袋等に分類され、それに属さない品目は、「他の項目家事用消耗費その他」としていましたが、直近の平成27年1月より、柔軟仕上剤と芳香・消臭剤が追加されました。一方で、ミシンは他の家事用耐久財に統合され、項目としては削除されました。近年、香りを楽しむ柔軟剤が話題となり、消費者の購入金額が増加、逆にミシンは購入金額が減少した結果と考えられます。
調査対象や調査項目は、市場の変化に伴い、見直され、その時代を反映した結果となることが望まれます。一方で、時系列で調査結果を捉えている場合に、調査対象が変更されると、連続性が失われるという側面もあります。調査結果をより的確に捉えるためには、調査設計や・変更点についても知っておくことが重要だと考えます。
・調査結果
全国の結果は、報告書形式で取り纏められたものが毎月公表されていますが、さらに、世帯主の年齢階級別や、世帯年収別、都道府県庁所在地別など、さまざまな切り口での収入や支出金額も、エクセルベースでダウンロードすることができます。例えば、新たな地域に出店する際に、これらの指標を見ることで、その地域の特徴を知る手がかりとなると言えます。
●平成28年の結果
単身世帯を除く、二人以上の世帯の消費支出は、世帯当たり1ヶ月平均28万2,188円で、物価変動の影響を除いた実質では、前年に比べて1.7%の減少となりました。
食料は全体で実質0.2%の減少で、魚介類、野菜などが減少した一方、惣菜などの中食と言われる調理食品が実質増加となりました。なお、消費支出に占める食料費の割合のエンゲル係数は、25.8%と、前年に比べて0.8ポイントの増加となりました。これは、分母となる世帯支出の減少、野菜等の値上がりが要因となっています。
他にも、様々な項目の結果が公表されており、これらから、景気・気候・世帯状況・政策・トレンド等、様々な要因の影響を見て取ることができます。
●広く活用されている家計調査
家計調査の結果は、政府・地方公共団体ばかりでなく、民間の会社等でも広く活用されています。調査結果の主な利用には、政策立案のための分析用資料、経済動向・景気動向をみる一つの指標、賃金水準決定のための資料、商品やサービスの需要予測の資料などがあります。さらに、ニュース等でもよく目にする消費者物価指数についても、指数品目の選定やウエイトの算定に家計調査の結果が利用されます。
上記のように、調査結果の活用状況や関連を把握しておけば、実際調べる際に、その結果だけでなく関連する調査結果の情報も併せて調べて、より複合的な分析を行うことが可能となります。
●まとめ
戦略立案に必要な情報を入手するためには、取り纏められた報告書だけでなく、詳細な情報や、他の調査と絡めた複合的な分析が必要になる場合もあります。その際は、多数のデータベースから必要な情報を探ることになります。例えば、政府統計の総合窓口(e-Stat)からは、家計調査だけでなく、国勢調査や労働力調査、工業統計など、多数の統計データベースへのリンクを辿ることができます。しかし、あらゆる情報がデータベースで見る事が出来るようになった反面、結果が多すぎて、必要な情報に辿り着くまでに苦労する場合もあります。事業に関連性の高い業界の統計は、どの項目が、どのページにあるか、更新のタイミングがいつか、をある程度把握しておくことで、スムーズな情報の活用が可能となります。
公開されている統計は、決められた項目に関する調査のため、自分が必要としている情報が得られない場合も多々あります。しかし、その特徴や項目を知ることで、市場全体の把握や、調査依頼の事前データ、更には戦略立案の基礎として活用できる可能性は大いにあります。そして、これらの統計では分からない部分は、専門調査会社に依頼してカバーしていくことで、より深い情報収集が可能となります。
中小企業においても、これらの統計の内容を一歩踏み込んで把握しておくことで、戦略立案の一助として随時活用して、売上拡大に繋げることができるのではないかと考えます。
※参考資料:総務省「家計調査」
略歴
高橋 真紀(たかはし まき)
中小企業診断士
(一社)東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員、ビジネス創造部副部長