中央支部 佐藤裕二

 会社法や金融商品取引法の施行により、企業は不正が行われない仕組みを作らなくてはならなくなった(内部統制システムの構築義務、内部統制報告書の開示)にもかかわらず、その後も企業不祥事が話題になることが多い。最近の例でいえば、まず「東芝」の粉飾決算である。経営層による売上達成へのプレッシャーが生み出したといわれているが、発覚は内部通報であった。日本を代表するメーカーこれの不祥事を発端に上場廃止もありえるような状況にある。その他にも「曙ブレーキ」の代理店向け販売の売上過大計上や「マツモトキヨシ」の子会社社長の在庫水増し処理による架空棚卸資産の計上などの不祥事があった。これらは財務諸表に影響を及ぼし、財務に係る内部統制の不備となっている。
 また「三菱自動車」の燃費テストデータの不正のようなコンプライアンスに係る不祥事もある。社内の上層部のプレッシャーを受けデータを改ざんしたものだが、会社の風土として法令遵守の意識が低く、新入社員の不正を指摘も無視したといわれている。
 データ偽装はその他にも「東洋ゴム」のビル建材の試験データ改ざん、「旭化成建材」のマンション杭打ち工事のデータ改ざんなど他の業界でも発覚し、いずれも社長交代や業績不振など大きなダメージを受けている。
 「電通」の過重残業による過労死事件、労働基準法違反は社会的に大きくクローブアップされている、これもトップの交代、業績悪化を生んでいる。過重残業問題は「三菱電機」、「ワタミ」などの例もあるが、ブラック企業の烙印を押され、人材の確保に大きく影響が出ている。
「ベネッセ」の個人情報漏洩事件は内部不正の典型だが、今回、地裁は被告人だけの罪ではなく、「ベネッセ」の情報管理体制そのものに問題があったという判決を下した。
 中小企業における内部不正事件は報道で大きく取り上げられてはいないが、会社の存続を左右することがありえる。企業における不正は「東芝」粉飾決算、「三菱自動車」燃費データ偽装などのように組織ぐるみのものと従業員の横領や「ベネッセ」の委託先従業員の個人情報漏洩のように個人の犯罪のものがある。組織ぐるみの不正は当然企業が責任を負い、経営者の退任や損害賠償といった社会的制裁が行われる。一方横領など従業員個人の犯罪でも同時に企業が社会的に批判される時代になっている。法的に責任はなくても企業は社会的・道義的責任を果たさなくてはいけない存在となった。つまり企業のコンプライアンスは、「法令順守」に留まらず、様々な利害関係者(従業員、消費者、株主、債権者、取引先、市場、地域住民、公的機関等)の期待と信頼にこたえる必要があるのだ。
 それではなぜ企業は、人は不正行為をおこなうのか、という問題については、米国の組織犯罪学者 D.R.クレッシーの学説が有名である。クレッシーは内部不正の発生には以下の3つの要素があるとしている。
1)動機、プレッシャー(=不正行為を実行することを欲する主観的事情)
2)機会の認識(=不正行為の実行を可能ないし容易にする客観的事情)
3)正当化(=不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情)
 この3つが揃った時に不正は発生するというもので、「不正のトライアングル」として知られている。対策はこの3つの要素が揃わないようにすることである。
そのためには「不正のトライアングル」の理解が必要になる。そこでそれぞれ例を挙げて考察する。
 企業不正の典型である「粉飾決算」の場合で考えると、「動機・プレッシャー」では、株主や市場から要請される良好な業績を実現しなければならないというプレッシャーに起因する。業績低迷を隠し、市場や借入先の期待を裏切っていないことを示すために粉飾を行うことになる。
「機会」の例では帳簿の改ざんや架空の証憑類の作成が可能な状況にあり、監査する相手にも、売上や利益に嘘がないように見せかけることができるということである。
「正当化」はこの「粉飾決算」は「個人的な利益をもたらすものではなく、会社の業績を良く見せないと借り入れが出来ず、倒産してしまうから仕方ないこと」などいう主観的事情を理由とする。「東芝事件」のように「粉飾」が常態化すると「正当化」の心理的ハードルは低くなっていく。
 一方従業員個人の不正の典型である「横領」の場合を考察すると、「動機・プレッシャー」では他人と分かち合えない借金を抱えていて、返済に窮しているということが典型になる。そのほかには会社や上司への不満、例えば正当な評価がされていない、理不尽な命令が多い等と不満を持ち、その見返りには会社の金を自分が使ってもいいと考える「正当化」に繋がっていく。
「機会」では会社の現金や資金を人に知られることなく使える状況にある地位や仕事上の役割を持っているというような客観的事情が「機会」になる。横領を隠蔽するための証憑が作れる状態にあり、上司や他の人のダブルチェック無しでも資金移動や現金出金ができるようであれば、横領を助長している状態になる。
「正当化」は「これは一時的に借りるだけだ。」「正当な評価がされていない、その不足を補うものだ。」といった主観的事情になる。
 三つの要素がすべて重なると不正が発生する。逆に言えば1つでもなくなれば、不正は発生しないということになる。それぞれどのような対策が可能になるかが問題である。
「動機、プレッシャー」には①割り当てられた責務への違反②個人的な失敗による問題③経済情勢の悪化④孤立⑤地位向上への欲望⑥雇用者と被雇用者の関係という6つのカテゴリーがあるとされている。例えば「難病を抱えた子供の医療費が多額になる。」とか「パチンコ依存症で多額の借金を抱えている。」など経済的な問題が個人の不正の典型的な例である。企業不正の場合は東芝事件のように、上司のプレッシャーが原因となっていることが多い。個人の不正の「動機」を企業として把握するのはプライバシーの問題もあり、非常に難しいが、企業内での「動機、プレッシャー」は会社の風土を良好なものに維持できれば、防ぐことが可能になる。
「機会の認識」は「不正が人に知られないでできる状態にある」ということである。
例えば伝票起票者と承認者が同一人である、現金を扱う部署でダブルチェックしていないなどの状態にあれば不正の発生を呼ぶことになる。商品の製造・販売でも数量や金額の乖離があるときに、発見しやすい仕組みが構築されていなければ、不正の機会になる。
 中小企業の場合、監査をする部門が家族や親族であれば、どうしてもチェックが甘くなる。このような部分に外部の視点を入れることが不正の防止に繋がる。
「正当化」は自分の犯罪が「許されるもの」としてしまう考え方で、「みんながやっていることだから」とか、「自分が正当に評価されていない分、会社に損害を与えても良い」などと考える。この考え方が自分の良心を忘れさせる理由になる。
「内部通報制度」の整備と運用が防止策のひとつになる。また従業員の昇給・昇格などの評価のように、給与等にかかわる部分の「見える化」は会社に対する不信感をなくすことになる。男女差別、ハラスメントなどセンシティブな問題については、組織として日常のコミュニケーションが確立していることが前提になる。
 内部通報制度で弁護士など社外への通報窓口を設ける、メンタルな部分を相談できる社外の機関と連携するというのも防止策として有効である。
 公認不正検査士協会(ACFE)の資料にでは、内部不正の対策は5つあるとされている。
 一つ目は「防止」である。不正リスク要因をできる限り除去することで、パソコンの利用者と利用した内容、時間等のログを取って監視していることの明示。機密情報の仕分けとパスワード管理、ログイン制限の実施などが必要になる。
 二つ目は「抑止」であり、教育、評価・懲戒制度、相互けん制などにより、不正行為を思い留まらせることになる。
 三つ目は「発見」であり、日常業務における上長によるチェック、ダブルチェック、監査などのモニタリング、内部通報制度などのリスク情報伝達機能の強化により、不正の兆候を積極的に検知することで、不正、あるいは不正の芽を発見する。
 四つ目は「調査」であり、発見等で不正の兆候を検知した場合、調査をして確認することである。上長や監査部門による調査を実施することになる。人間の心理や不正の手口、法的リスクの理解などに基づき、慎重に事実関係を確認するが、該当する対象者以外に、周辺の人からもインタビューし、パソコンのログ、出退勤データなども入手して調査することになる。
 五つ目は「損失回復、再発防止」である。不正が判明したときは当事者、関係者の処分が必要で、就業規則に懲戒について明示されている必要がある。懲戒処分等の社内への告知は再発防止策のひとつになる。また損失回復のために交渉、請求、訴訟などが必要になる。不正の発生の原因を追究し、原因の特定、統制の仕組みを改善し、またその改善状況を継続的にモニタリングする必要がある。
 企業の経営者、あるいはそこで働く人で、「不正のトライアングル」における「動機・プレッシャー」「機会」「正当化」で示されたような状況がひとつも該当しないという人は少ない。しかし3つの要素のうちのひとつでも排除すれば、「不正の実行」の誘惑に勝てるのである。
 中小企業においても自社の組織と人の弱点を点検したうえで、「不正のトライアングル」を理解し、内部不正防止対策を構築・運用して、内部不正による企業経営のリスクを最小限度に抑える必要がある。

略歴
佐藤裕二(さとうゆうじ)会員番号214128
中小企業診断士・社会保険労務士・公認内部監査人(CIA)
中央支部副支部長
㈱学研ホールディングス 内部統制室シニアマネージャー
E-mail:fwks5547@mb.infoweb.ne.jp
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