平成29年1月5日、経済三団体共催 2017年新年祝賀パーティーの冒頭で安倍総理は、「今年は、『働き方改革』断行の年であります。」と発言しています。「仕事と子育てや介護を無理なく両立できるようにする。時間外労働の上限規制を実施するため、労働基準法の改正案を国会に提出いたします。『自分の若い頃は、安月給で無定量・無際限に働いたものだ。』ここにいらっしゃる皆様はそうだったんだろうと思いますが、時代は大きく変わりましたから、昔は昔であります。結構そう思っている方々がたくさんおられるかもしれませんが、どうか先頭に立って働き方の根っ子にあるこの文化を変えていただきたいと強く期待をしているところでございます。」このように大企業のトップの方々に働き方への意識改革を訴えています。法整備については、今後国会で討議されるものと思います。

 また、11月の本コラムで兼子俊江氏は「『働き方改革』で、企業は今後、残業時間の上限規制、同一労働同一賃金等々への対応が求められ、労働生産性を向上させながら、実労働時間を削減させるという難題に取り組まなければなりません。」と書いています。

 

 私は、小売業を専門としていますが、店舗で人を介して販売を行うタイプの小売業にとって、長時間労働と労働生産性は、重要なテーマです。小売業の労働生産性は、売上高を上げていく、粗利益を上げていくことで改善されるわけですが、それは、販売スタッフの意欲、モチベーションにも大きく左右されます。

 店舗は、開店時間、閉店時間が決まっていて、一日の営業時間が法定勤務時間より長いことも多くあります。そのために、変形労働時間制で対応することが多く、店舗運営にはスタッフのシフト、ローテーション作りというのが店長(管理者)としての重要な仕事の一つです。そして、長時間勤務になりがちでした。

 近年、小売業は、営業日数が増え、店舗の開いている時間が増加してきていました。休業日数の規制緩和が進んだ1995年以降、百貨店やスーパー、ショッピングセンターは営業時間、営業日が増加し、ほぼ無休で営業することになりました。

 この流れもすでに、変わって来ています。たとえば、一般に百貨店や商業施設のお正月の営業は、1月2日からが多いところ、三越・伊勢丹の店の一部は、2016年から1月3日からの営業で、今年も実施店舗を増やしています。2017年、年初に三越伊勢丹ホールディングスの社長は、個人的な意見といいながらも「来年は3が日休むようにしたい」と発言しています。日本の伝統文化の担い手の百貨店の店員が、重要な歳時記であるお正月を家族や友人と共に過ごすことが大切と考えているからだそうです。

 三越・伊勢丹は 、長時間営業による 店頭 要員の薄まりによる 販売サービス レベル の低下を解決するため、2011年 度より営業条件の見直し (店舗休業日設定や 営業時間短縮 )のテストライを重ね、 2013年度より本格導入しています。(株式会社三越伊勢丹ホールディングスHPより)

 

 ここでは、営業時間の問題について、2年前から取り組んでいる中小企業を紹介しましょう。埼玉県の北浦和、川越、浦和に店をもつCOSUCOJIです。

 2015年1月1日からそれまでの19時閉店から18時閉店に変更しています。当時、店は3店舗、その後、ウニクス川越というショッピングセンターに出店しましたが、閉店時間を他店より早く19時閉店としています。

 お客様への告知は、お客様へのレターと呼んでいる毎月配布するDMと経営者である小杉氏のブログで行われました。「お客さんに迷惑かける部分もあり大変申し訳ないと思いながらも、売上のマイナスを差し引いても、働くスタッフの事を考えたらその方がいいと考えています売上中心ではなく働く仲間中心に事業を考える。仲間がゆとりを持って楽しく自分の仕事に集中できるようにしていく。これからも、中味もどんどん変えて少しでも仲間が働きやすく、長く働ける環境を作っていくつもりです。お客さんにとっても、お店に長く働くスタッフがいることは間違いなく良いことだと思うから」と実施前年の8月のブログで翌年からの閉店時間の変更をお客様向けに宣言しています。

 店のスタッフに家庭を持つ主婦が多く、勤務が終わるのが遅くなるのは、負担が大きいことからの決断です。

 

 COSUCOJIは、2013年に『効率経営から「おもてなし経営」の時代へ』波形克彦・小林勇治編著書の中で、買回り品小売業でおもてなし経営を実践している企業として取材執筆をさせていただいた企業です。それ以来ウォッチングしていて、笑顔創造店舗をうたった企業です。笑顔創造店舗なにそれ?と疑問が浮かんでくるでしょう。店の目指す理念は、「家族の笑顔をつくる、そしてそれは女性の笑顔から」というものです。ユニークな経営に関しては、この欄では残念ながら触れられませんが、ご興味のある方は、お店へ行ってみてください。店頭に店の理念の背景・理由が掲げられているので、疑問は解決できます。

cosucoji 川越店
COSUCOJI 川越店

 さて、この店の閉店時間の繰り上げに結び付く理由ですが、一つは、スタッフを大切にするために、スタッフに無理をさせたくないと考えたそうです。「好きな事もキャパを超えると嫌いになるってしまう」ということを感じていたため、仕事を好きなままでいられる状態にしておきたい、楽をさせるということではなく、許容範囲以上の無理をさせないためには、どうしたらいいかと考えました。店を立ち上げる時は、どうしても、多少無理をすることがわかっていて、新店川越店のオープンがひかえていたからです。

 もう一つは、店の理念は、「家族の笑顔をつくる、それは女性の笑顔から」ということなのに、スタッフの勤務状態は、それに合っているのかという疑問からです。19時に店を閉めて、勤務が終わるのは19時半から20時になります。それから、家に帰って夕食に作るとなると時間に追われ、家族と過ごす時間が、少なくなってしまう。家事に追われ余裕がなくなり、子供にあたるようなことになれば、女性の笑顔が大切といっているのに、それは、店の理念に反しているのではないか。経営者の奥様は、店長として一緒に働いているため、家で、目の前で起こっている奥様の働き方、生活を見て、このままでは奥様がつぶれるのではないか、病気になるのではないかと感じたそうです。それは、家庭の主婦であるスタッフの女性たちの家庭でも同じではないか。

 これらのことから、解決策を考えると、1時間勤務時間が終わるのが早まれば、かなり改善されるのではと考えるに至り、閉店時間の繰り上げを決断したそうです。

 閉店時間が繰り上がるデメリットは、売上が下がることが考えられますが、理念が通っていて、お客様にきちんと説明できれば、それほど影響は出ないのではないかと思えたそうです。過去の売上データから計算すると、落ちたとしても5%程度で、それよりもスタッフの笑顔をと考え、決断したそうです。

 閉店時間の繰り上げに加え、今年度は、週一回の店舗定休日に加え、夏休みとして、8月に2日店休を増やし、正月休みも、1日増やしました。

 結果としては、既存店の売り上げは伸びていて、落ちませんでした。閉店時間の繰り上げの成否は、4店舗目の川越店に続き、5店舗目浦和店を出すチャレンジが出来ているということが現しています。

 将来的には、開店時間を30分遅らせて10時30分からにする開店時間の繰り下げと、スタッフの所定勤務日を減らして、休める日を増やすことを考えていて、目指すところは、短時間で効率がよい、スモールビジネスだそうです。

 経営者が自分のビジネス、従業員のことを考え抜いた上でも、閉店時間の繰り上げを決断することは勇気が必要だったはずです。そして、その決断は、経営者にしかできないことです。自社の働き方改革の手法は、企業により様々でしょう。しかし、その実施は、経営者の皆様の意思決定にかかっています。

 

■小暮 美喜(こぐれ みき)
中小企業診断士
(一社)東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員
主な専門分野、業種:マーケティング、小売業、創業支援
著書:効率経営から「おもてなし経営」の時代へ 同友館 共著