専門家コラム「『サイグラム』による意思決定のタイプ分類について」(2012年5月)
西原 寛人
●はじめに
企業経営の場や仕事の場はもちろんのこと、日常生活や家庭生活全ての場において、朝起きてから夜寝るまで、誰もがさまざまな意思決定を繰り返しながら暮らしています。大きな投資や事業提携、新商品の開発などという企業の将来を左右させる意思決定から、今日何を食べよう、次の休みの日に何をしよう、どちらの洋服を買おう、など日常的な意思決定まで、重要性の差はあれども人として生きていく以上意思決定を避けることはできません。
この意思決定について質問をします。
「あなたは本当に何にもとらわれず自由に意思決定を行っていますか?」
●意思決定には3つのタイプがある
夏目漱石の「草枕」という小説は「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地をとおせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」という有名な文章で始まります。これは人が生きていく上で知(智)・情・意(意地)という3要素のバランスを取っていくことがいかに難しいかということを表現している文章ではないかと思います。
この知・情・意という精神構造の分類は哲学者カントが提唱したことで知られていますが、能力心理学の分野でもやはり人間の心理構造を構成する要素として重要なキーワードとなっています。
誰でもいろいろな場面でこの知・情・意という心理要素をすべて使って意思決定をしていますが、バランス良く使っている人はまれです。実は自分でも気がつかないうちに知・情・意ひとつの要素を常に優先して意思決定を行っているという、いわば「くせ」のようなものがあることが分かってきています。知・情・意どの要素を優先するか?という観点で大きく3つのタイプに分類して考えると、その人の意思決定のやり方などいろいろな行動をうまく説明することができます。
今回は能力心理学など複数の心理学説をベースとした実践的行動パターン分析学である『サイグラム』を使い意思決定のタイプ分類について考えてみます。
●『サイグラム』による意思決定の3類型について
①「知」を優先するマインドグループ
マインドグループの意思決定の軸になるのは、「考え方」の筋道です。自分の「考え方」を軸として、感じ方や動き方が計算されています。常に筋道だった考え方を軸にして、見通しとバランスを重視するタイプ。自分が納得できるか否かが行動基準となっています。
<特徴>
・意思決定のための「材料を収集すること」を優先する
・行動を起こすための「確かな方向性の設定」を大切にする
・決断は「すべての筋道の計算ができた」とき(確実性重視)
・周りがどうであっても「自分が納得できたか否か」が重要
②「情」を優先するフィーリンググループ
フィーリンググループの意思決定の軸になるのは、「感じ方」です。物ごとの感じ方を、生活と行動の中心におき、これを軸として考え方や動き方がコントロールされています。感情や感性、情緒的な素質にすぐれ、意思決定においても感じ方を優先するタイプ。好き嫌い、気が進むか否かということが行動基準になっています。
<特徴>
・その場の「雰囲気」やその時の「気分」を優先させる
・「好き・嫌い」という感情を優先させる
・気が「進む・進まない」という気分を優先させる
・周りの人が「どう思っているのか?」ということが気になる
③「意」を優先するアクティブグループ
アクティブグループの意思決定の軸になるのは「意志」(動き方)です。感じ方や考え方は、その強烈な意志に追随しています。あれこれ考えるよりもまず「動くこと」を優先するタイプ。目標に向けて強い意志を持ち一直線にスピーディーに行動します。
<特徴>
・机上の空論よりも「まず実行」という行動力を優先させる
・「努力・行動」に価値を置き、何よりもそれを評価する
・「目標を勝ち取るため」に行動する(達成感を得たいため)
・周りの人の意見より「自分ならどう動くか?」という心理
『サイグラム』による意思決定の3類型を概観しましたが、あなたはどのタイプに最も近いと思いますか?
実は自分のタイプを自分で特定するのはとても難しいことです。タイプを考えるに当たっては気をつけなければならないことがあります。『サイグラム』のタイプ分類はあくまでその人が生得的に持っている性格や気質、意思決定の傾向性です。後天的に身に付けた教育やスキル、また「なりたい自分像」というフィルターをはずして本当の自分のタイプに目を向ける必要があります。
たとえばフィーリンググループのなかで「好き・嫌いという感情を優先させる」という特徴をあげていますが、「自分は好き・嫌いを優先させて意思決定している」と自覚されている方は少ないのではないでしょうか。心の奥底ではそのような感情を持っていたとしても、それを自覚していない、また感情によって意思決定を左右させてはならないという訓練を無意識のうちに行って来たのではないかと思います。この「とらわれ」や「無意識のフィルター」をはずして自分の心の奥の本質の声に耳を傾けることが自分のタイプを知るスタートとなります。
●タイプ分析による効果
まず自分がどのタイプに分類されるのか知ることが大事です。さまざまな場面での意思決定のくせを意識することで、無意識のうちに陥っていた偏りを補正することが可能となります。また3分の2の人は自分とは違うタイプであることを前提に考えれば、これまでのコミュニケーションの取り方についても見直しが必要になるのではないでしょうか。そして自分を知り相手との違いを理解することで相手のことを認める余裕が生まれるので、無用なストレスからの解放につながります。
●タイプ分析のビジネスへの応用
例えば顧客の購買行動を考える上でも3類型は非常に有効な切り口となります。
「知」を優先するタイプ(マインドグループ)の顧客は1つのものを決めるのにも複数のメーカーを比較したり、カタログを取り寄せてそのスペックの詳細比較などを行い自分に合うものを時間をかけてじっくり決める傾向があります。衝動買いはほとんどしません。「情」を優先するタイプ(フィーリンググループ)の顧客は「かわいい感じだからこれにする」、「この店員さんが信頼できるのでこの人から買いたい」というように感覚的に決める傾向があります。「意」を優先するタイプ(アクティブグループ)の顧客は「必要だから買う」「すぐに手に入れたい」など商品へのこだわりや感覚的なものにはあまり重きを置かない現実的な購買傾向があります。ものの決め方がこのように違うということは、興味の重点も違うし、好みや価値観も当然違ってきます。この傾向を知っているか否かによって接客方法に大きな違いが出てくるのではないでしょうか。
●おわりに
気が合わない人、行動のペースが合わない人、考え方が合わない人、あなたの周りには自分と「合わない」人は少なくないと思います。それは「合わない」のではなく単にタイプが違うだけなのかも知れません。
このように意思決定を知・情・意という3パターンに分類して考えることは、今まで説明できなかったいろいろな問題を解決するひとつのヒントになると思います。
<サイグラムとは>
サイグラムとは一般社団法人日本パーソナルコミュニケーション協会代表理事、武蔵野学院大学准教授 吉井伯榮氏が創案した実践的なコミュニケーション・メソッドです。
サイグラムを学ぶことで対人関係のストレスが劇的に軽減されるだけではなく、家族の関係、会社内での同僚・上司・部下との関係改善にも大きくメリットを感じさせるものです。また中小企業診断士としても「組織改善」「営業ツール」などに応用できるメソッドとして知っておくべきものと実感しています。
*「サイグラム」は商標法により保護された登録商標です
<参考文献>
「サイグラム 史上最強のコミュニケーション・メソッド」吉井伯榮著 成甲書房(2013年)
■西原 寛人
東京都中小企業診断士協会認定「サイグラム」コミュニケーション研究会 幹事
中小企業診断士