国際部 福田 洋久

インドのベジタリアン文化は多様で、肉を避けるだけでなく、魚や乳製品に対する認識も異なる。この記事では、インドのベジタリアンの種類や食文化の奥深さを紹介し、データを交えて説明する。

私は食品の仕事を通して海外と関わっており、東南アジア、アメリカ、ヨーロッパ、インド、中東など多くの国・地域を担当してきた。ここ最近は、インドとの関わりが強く、驚いたこと、面白く感じた事など、食品目線でお伝えしたい。

あなたはベジタリアン?

「ベジタリアン」という言葉は、野菜を主に食べる人を指すと一般的に理解されている。しかし、インドでのベジタリアン文化には驚くべき奥深さがあり、インド歴1年だった私はその全貌を知らなかったことを痛感した。私がある日、インドの方々を日本でおもてなしした経験から話を始めたい。

その日、私には事前に「ノンベジタリアン」と「ベジタリアン」がそれぞれ数名いると聞かされていた。私はシンプルに「肉を食べる人」と「食べない人」に分けて考えていた。そして、こう質問した。
私「ベジタリアンですか?ノンベジタリアンですか?」
Aさん「ノンベジタリアンです」
なるほど、Aさんはなんでも食べられるのだな。

続いて、BさんCさんにも同じ質問をした。
Bさん「ベジタリアンです。」
なるほど、Bさんは肉を使う料理はダメなのだな。
Cさん「ベジタリアンです。でもエビは食べられます。」
え!?エビはOK?それもベジタリアンなの?
この時点で、私は大混乱。「ベジタリアン=肉を食べない人」というシンプルな理解が、インドでは通用しないと気づいた瞬間である。

それならと、お蕎麦を提案した後の会話が以下である。
Bさん「その汁は何からできていますか?」
私「醤油、みりん、出汁ですね。」
まさか?
私「出汁はカツオからとっていますが大丈夫ですか?」
Bさん「それは避けたいです。」

出汁まで気にするほど厳格な方もいれば、エビを食べる柔軟な方もいる。この体験をきっかけに、インドの食文化に興味を持つようになった。

ベジタリアンの種類

このように、インドのベジタリアン文化には一筋縄ではいかない奥深さがある。それを理解するためには、ベジタリアンの種類を知ることが重要である。ここではインドのベジタリアンの多様性についてまとめてみる。種々の分類方法があるだろうが、5種類に分類した上で、それぞれの食品の摂取可否を表1にまとめた。

インドはベジタリアン国という印象が強いが、実際はノンベジタリアンが約3分の2を占める。一方でベジタリアンは3分の1程度。ベジタリアンの中で最も多いのが、肉・魚・卵は摂取しないが、乳を摂取するラクト・ベジタリアンである。インドでベジタリアンと言えば、ラクト・ベジタリアンを指すと思っても大きく外れないだろう。
ベジタリアンは全体の3分の1ほどに過ぎないと思うかもしれないが、インドの総人口が約14億人であることを考えれば、実に4億人以上がベジタリアンという計算になる。この数字は、日本の人口の3倍以上に相当する。まさに圧倒的な規模感であり、軽視できない存在であることが分かる。

種類 説明 チキン・肉 割合

 (推定)

ピュア・ベジタリアン(ビーガン) 動物由来の食品をすべて排除。インドでは「純粋菜食主義者」とも呼ばれ、特に一部のヒンドゥー教やジャイナ教の信者の間で実践されている。 × × × × 数%
ラクト・ベジタリアン ミルクや乳製品を含むが、卵は含まないベジタリアン食。インドで最も一般的なスタイル。ヒンドゥー教徒に多い。 × × × 25-30%
ラクト・オボ・ベジタリアン 乳製品と卵を摂取する菜食主義者。インドでは比較的新しい概念で、主に都市部の若い世代や、より柔軟な食事制限を好む人々の間で増えている。 × × 数%
ペスコ・ベジタリアン インドの沿岸地域、特に西ベンガル州やケララ州などで見られる食事スタイル。ただし、伝統的なインドのベジタリアニズムの定義からは外れると考える人も多いです。 × 数%
セミ・ベジタリアン 時々肉を食べるが肉食を避ける人達のことを言う。 × 数%
ノン・ベジタリアン 肉類を含むあらゆる食品を摂取する人々を指す。 60-65%

表1:ベジタリアンの種類(出所:Type of vegetarian diet, obesity and diabetes in adult Indian populationを基に表を作成) ○=摂取する ×=摂取しない

ベジタリアンの分布

次にベジタリアンがインド国内にどのように分布しているかを見る。ここではIndia National Family Health Survey(以下、NFHS)のデータを利用して分析を行った。このNFHSはこれまで5回実施されており、インド人の健康と福祉に関するデータを国家、州レベルで集計し提供している。この中で、直接的にベジタリアンやノンベジタリアンの動向が述べられているわけではなく、食事の傾向をまとめたデータとして記載があるため、引用して集計した。
今回はNFHS5(2019年~21年に行われた調査)のデータを基にした。具体的には「15~49歳男性が、少なくとも1週間に1度消費する食事に関する割合分布」のデータをエクセルに落とし、地図上に表示して視覚化を試みた。お気付きのように、「少なくとも1週間に1度消費する」という基準であるため、1か月に1度消費するのであれば、消費しない人に分類される。あくまで、傾向を見る意味でご覧いただきたい。

ここでは、4種類の分布を確認する。図1はいわゆる野菜を食する人たちの割合。一見して全土が濃い青色に塗られているのがわかる。つまり、野菜は全土でまんべんなく食されていることが理解できる。一方、図2は乳の消費度合いである。前の章で確認したように、インドで最も多いベジタリアンがラクト・ベジタリアンであり、乳の消費は許容している。彼らは北部や南部に特に多く、東部にあるオリッサ州が最も低いようである。一方、魚や肉の消費は図3から理解できるが、東から南にかけての沿岸部を中心に多いことがわかる。一方で、北部は週1回も食べない方が多く存在する。さらに、図4は卵の消費を示しているが、傾向は魚や肉の消費と類似しており、東南が高く、北が低い。ざっくりとした傾向は、ノンベジタリアンが東から南にかけて比較的多く、ラクト・ベジタリアンが北、西、南に分布しているといったところだろうか。
ちなみに、分かりづらくて恐縮だが、図3、図4の北側のある位置に青色が濃くなった小さな点が見られる。実はこの地域はNew Delhiを指している。つまり、都市化されたNew Delhiは周辺地域とは異なり、肉食の海外文化を取り入れた先端の地域であるといえよう。

image001図1:Dark green, leafy vegetablesを週一回以上食べる人の割合
(出所:NFHS-5データを基に地図を作成)

image003図2 :Milk or Curdを週一回以上食べる人の割合
(出所:NFHS-5データを基に地図を作成)

image005図3 :Fish, Chicken or Meatを週一回以上食べる人の割合
(出所:NFHS-5データを基に地図を作成)

image007図4:Egg を週一回以上食べる人の割合
(出所:NFHS-5データを基に地図を作成)

ベジタリアンマークの運用

実に4億人以上のベジタリアンがいるインドで、彼らが安心して食品を選択できるシステムが構築されている。それが、インド食品安全基準管理局(Food Safety and Standards Authority of India:FSSAI)が定めるベジタリアンマーク表示制度である。食品の加工、製造、輸出、輸入に携わる事業者は遵守する必要がある。

マークはベジタリアンマークとノンベジタリアンマークの2種類。
緑色がベジタリアンマーク。野菜、果物、豆類、ナッツなど植物性の食材で作られたものを表している。興味深い点は、乳やハチミツなどが含まれていてもベジタリアンマークを付与できる。つまり、インドベジタリアンの多数派、ラクト・ベジタリアンに向けての表示と捉えることができる。従って、ピュア・ベジタリアン、いわゆるビーガン向けの表示になっていないことに注意が必要である。

一方、赤色がノンベジタリアンマーク。つまり、肉や魚など動物性原料が含まれていることを示す。かつてノンベジタリアンマークは赤で丸いマークであったが、色を識別できない人のために2020年に三角形の新しい形状がアナウンスされている。ただ、2024年年末時点では、赤丸のノンベジタリアンマークも市場に多く存在していたことを確認している。今後は三角形のノンベジタリアンマークが広がっていくのではないかと思われる。
また、公式のマークではないが、卵を使用した商品に対し黄色のマークを表示している例もある。これはベーカリーなど、卵を使用する店舗においてみられた例である。

ベジタリアンマーク
ベジタリアンマーク
ノンベジタリアンマーク(旧)
ノンベジタリアンマーク(旧)
ノンベジタリアンマーク(新)
ノンベジタリアンマーク(新)
卵使用マーク
卵使用マーク
私が驚いたのは、このように明確な食文化の区分がありながらも、ベジタリアンとノンベジタリアンが同じ席で食事を楽しんでいることである。ノンベジタリアンの視点では、肉や魚がメインディッシュとされることが多く、野菜は引き立て役として認識される場合がある。そのため、ノンベジタリアンがベジタリアンの方々と食事を共にするとき、どこか遠慮や気兼ねを抱くのではないかという懸念があった。しかし、実際には、ベジタリアンの方々はそのような感情に縛られることなく、自然体で食事を楽しんでいるように感じた。

この体験を通して、食事において重要なのは「何を食べるか」ではなく、「誰と食べるか」という基本的なことであると改めて気付かされた。異なる食文化を持つ人々が互いを尊重し合いながら食事を共にすることで、食事の楽しさや人との絆が一層深まるのだと感じる良い機会であった。

おわりに

これまで「インドはベジタリアンの国」という固定観念や、単純に「ベジタリアンかノンベジタリアンか」という二分的なイメージで捉えていたが、実際の経験を通して調査を行うことで、その背後にある多様性や奥深さに気づくことができた。こうした新たな知見を得るたびに、海外にはまだ知らない世界が広がっていると感じ、非常にワクワクする。
未知の文化や価値観に触れることは、とても刺激的で楽しい経験である。その中でビジネスを起こし、日本企業の海外進出を支援することで、日本の魅力を世界に伝え、日本の発展に貢献したい。今後も経験から得た知見をみなさまと共有していく。

■福田 洋久(ふくだ ひろひさ)

社会人として20年弱、食品業界に携わり、食品メーカーや食品商社で約10年にわたり海外業務を担当してきた。これまでの海外経験は、東南アジア、アメリカ、ヨーロッパ、インド、中東を含む。2023年11月には中小企業診断士に登録し、東京都中小企業診断士協会中央支部に所属している。食品業界や海外業務で得た知見を基に有益な情報を発信しながら、中小企業の課題解決と日本の活性化に貢献していきたい。

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