グローバルウィンド「中央支部研修部・会員部・国際部コラボイベント 『老舗経営と欧米・中東への輸出を両立』を開催して」(2025年1月)
国際部 伊窪 拓真
2024年12月1日(日)、中央支部研修部・会員部・国際部合同企画によるコラボイベント「老舗経営と欧米・中東への輸出を両立 ~土浦から世界に・醤油づくりの伝統を守りながら輸出事業拡大に成功した柴沼醤油の秘訣を学ぶ~」が、港区新橋にあるワンコイン会議室新橋 新橋駅直結セミナールーム609号室にて開催されました。株式会社柴沼醤油インターナショナル 代表取締役社長 柴沼秀篤様より、老舗経営と輸出事業拡大を両立させる秘訣についてご講演いただきました。本稿では、柴沼醤油の取り組みを具体的に掘り下げ、グローバルビジネスに必要な戦略を探ります。
はじめに
330年以上の歴史を持つ柴沼醤油醸造は、茨城県土浦市に拠点を置き、伝統的な木桶仕込みによる醤油製造を守りつつ、海外展開を目指すため柴沼醤油インターナショナルという別会社を立上げ、2010年から本格的な海外進出を開始しました。縮小する国内市場に対応するために、世界62か国への展開を果たし、多文化社会でのビジネス成功例として注目されています。
1. 「ローカル」と「グローバル」の融合戦略
柴沼醤油インターナショナルの成功の背景には、「グローカル」戦略があります。この理念は、地域密着型の伝統と、世界市場を視野に入れた革新を融合させるもので、同社の輸出事業拡大に大きく貢献しました。
具体的には、木桶を使用した伝統的製法を守る一方で、輸出先ごとの規制や文化的ニーズに対応した製品ラインを開発しました。アメリカ市場では、醤油の味だけでなく、パッケージデザインも現地の消費者が親しみやすいものに変更。これにより、競合他社との差別化を図りながら、新たな顧客層を開拓しました。また、輸出を成功させるために、現地の規制を徹底的に調査し、必要な証明書類を揃えました。特に、食品安全や品質保証に関する書類が現地の商慣習に合わせて適切に準備したことが、バイヤーからの信頼を得る大きな要因となりました。
2. 顧客と直接向き合う「フェイス・トゥ・フェイス」戦略
柴沼社長は、現地を頻繁に訪問し、直接のコミュニケーションを重視しました。このアプローチは、単なる商談ではなく、現地のバイヤーやシェフと信頼関係を築くための重要な手段でした。オーストラリアの市場進出では、1日15~20件の店舗を訪問し、柴沼醤油を提供することで、現地の需要を確認しました。また、「顔の見える取引」を通じて、商品に関するフィードバックを迅速に収集し、それを製品改善やマーケティング戦略に反映させました。この取り組みにより、同社の製品は「現地のために作られた特別な商品」として認識され、競合他社との差別化に成功しました。
3. 伝統と革新を両立させるPMVV経営
PMVV経営とは、ミッション・ビジョン・バリューに「パーパス」を加えた経営理念のことです。
柴沼醤油は、「Purpose(目的)」「Mission(使命)」「Vision(ビジョン)」「Value(価値観)」を経営の軸に据えています。このPMVV経営の理念は、企業が単なる利益追求に留まらず、社会や顧客に提供する価値を明確にし、社員全体で共有することを目的としています。同社の木桶仕込み醤油は、伝統的な製法を守ることで希少価値を維持しながらも、現代の食品安全基準に対応する技術革新を取り入れています。例えば、国際的な食品展示会では、木桶を模したディスプレイを使用して製造プロセスを視覚化し、来場者に製品の価値を直感的に伝えました。
4. 持続可能な社会への貢献
柴沼醤油は、環境に配慮した製造プロセスを採用し、地域社会への貢献を重視しています。木桶仕込みの伝統を守ることは、地元の職人技術の保存だけでなく、環境負荷の少ない生産方法として評価されています。また地域社会との連携を強化し、地元の雇用創出や食育活動を通じて、地域経済の活性化に貢献しています。こうした取り組みは、地元の信頼を得るだけでなく、海外市場でもサステナビリティに敏感な顧客層からの支持を集めています。
5. 新しい価値を創造する挑戦精神
柴沼社長は、未知の課題に果敢に挑戦し続ける姿勢を持っています。同社の輸出初期には、貿易実務や現地規制への対応に多くの困難が伴いましたが、試行錯誤を繰り返しながら課題を克服しました。このような挑戦精神は、社員全体に共有され、企業文化として根付いています。
柴沼秀篤社長のプロフィール
柴沼醤油醸造 十八代目当主。東京農業大学 応用生物化学部醸造学科 卒業後、味の素株式会社に入社。2009年7月に柴沼醤油醸造株式会社へ入社し、そこから輸出を開始する。2023年7月に柴沼醤油醸造株式会社代表取締役社長に就任。現在は企業経営だけでなく、日本商工会議所青年部グローバルネットワーク委員会委員⾧、茨城県グローバル推進機構食品部会⾧なども兼任している。
おわりに
柴沼醤油の事例は、老舗企業が持続可能な経営を実現しながら、グローバル市場で新たな価値を創造する道筋を示しています。地域密着型の伝統を守りつつ、多文化社会での柔軟な対応力を高め、国際競争力を持つ企業へと成長した柴沼醤油の取り組みは、他の中小企業にとっても重要な示唆となるでしょう。
「2024FY中央支部コラボイベント 「老舗経営と欧米・中東への輸出を両立」柴沼醤油の秘訣を学ぶ 開催報告」についてはこちらをご覧ください。
■伊窪 拓真(いくぼ たくま)
東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部・渉外部所属
老舗肌着メーカーにて13年勤務し、マーケティング戦略・企画開発・ 販売ソリューション業務に従事。現在はBRAND JAPANを立ち上げ、伝統工芸分野を中心に、日本のものづくりへの経営支援を行なう。
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