専門家コラム「1+2=3の公式で解く、混沌(カオス)な時代の新規事業・創業戦略」(2024年12月)
1.はじめに
1-1:きっかけ
私は学生時代に、年齢や立場、文化を超えたネットワークや異端児コミュニティの立ち上げを経験し、シンクタンクや中小企業勤務時にはNPO法人の設立や新規事業に携わり、インハウスのひとり調査分析担当をしていました。当事者として、答えがない中で新しいものを生み出していくときに、何をどこから始めればよいのかわからない不安や孤独を感じ、そのような課題に応える必要性を強く意識していました。
「今までにない新しいことをしようとする方の触媒になりたい」という思いが、この資格を志した動機であり、原点です。なお、触媒というのは学校で習った化学反応の例にある二酸化マンガンのように、酸素を生み出す際に相手に化学反応を引き起こしながらも、自分自身は変わらない物質のような存在を指します。
現在は、公的支援機関などで、創業を目指す方や事業拡大、事業承継を転機に新しい取り組みを始める方々に対して、メンタリングや壁打ち(対話で事業アイデアを深めること)を行っています。また、リサーチやコンサルティングを通じて事業を解きほぐし、可視化して実行に結びつける「拡張デバイス」としての役割を果たせるよう努めています。
そうなのです。私自身も「新しい、答えのない創業・事業」を実践中の立場なのです!
1-2:混沌(カオス)な時代とは
1-2-1:VUCAとBANI
「VUCA(ブーカ)」という言葉を目にしたことがあるかもしれません。
VUCAは、1990年の冷戦時代に生まれた言葉で、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った時代背景を示しています。
その後、2020年代にカリフォルニア大学教授Jamais Caisco氏によって「BANI(バニ)」という新たな言葉が提唱されました。
【Brittle(脆弱性、もろくて弱いこと)】
災害、コロナ、ネットウイルス、スキャンダル、風評被害など、当たり前だと思っていたものが一瞬で崩れる状況を指します。悪い側面が注目されがちですが、一方では儚くも愛おしいものという見方もできます。
【Anxious(不安)】
不安は古来から動物が自分を危険から守るために備えた本能とされています。しかし、現代においては物価高騰、災害、コロナなどの感染症、政情不安を背景に、必要以上の不安が広がり、不安症が増えているともいわれています。
【Non-linear(非線形性、線形性(直線のグラフで描けること)の反対語)】
インプット(努力や経験)とアウトプット(効果)が比例しないことを示します。努力が報われない悲しさもあれば、棚ぼたのような幸運もあります。例えば、年齢を重ねれば経験や習熟度が向上するという前提の年功序列は線形性を示しますが、IT分野ではデジタルネイティブ世代の方が経験や習熟度が高い場合も多く、これは非線形性を表しています。
【Incomprehensible(理解不能性や不可解さ)】
従来の理論では説明できない現象や状況を指します。ただし、ナラティブ(物語)のように別の解釈を加えたり、AIを活用して膨大なデータを新たな軸で解析することで、新しい価値やビッグビジネスが生まれる可能性もあります。
前段が長くなりましたが、現代はまさに「混沌(カオス)の時代」といえます。
ITやネットの進展により、これまで地域や業界といった狭いコミュニティ内で閉じていた情報が広がり、地域を超えて世界とつながり、交流や取引といった連携が進むようになりました。また、医療技術の進展で健康寿命が延び、「人生100年時代」という人類が初めて経験する時代を迎えています。一方で、これらの進展は新たな混乱も引き起こしています。例えば、多様な選択肢が増えたことで混乱が生じ、規制や管理の動きが進む一方で、気候変動など地球環境の問題に直面する状況も出てきました。
1-2-2:混沌(カオス)とは
カオス(混乱)といっても言葉だけではイメージができないかもしれませんので、ある画像を掲載させていただきます。
画像1:架空の動物「混沌(こんとん)」 出典:イラストAC
これこそが中国神話に登場する、無秩序や未分化の状態を象徴する存在である架空の動物「混沌(こんとん)」のイメージです。なかなかインパクトがある見た目ですね。
以下が、ChatGPTに出していただいたBANIと混沌の特徴比較になります。
図表:BANIの特徴と混沌の特徴
BANIの要素 | 混沌(こんとん)の特徴 |
Brittle(脆弱性) | 混沌は、無理に七孔を開けた結果死んでしまうエピソードから、外的介入に対して非常にもろく壊れやすい存在を象徴している。 (「混沌に目口を空ける」) |
Anxious(不安) | 自分の尻尾を咥えて回る行動は、意味や目的を感じさせない循環的な動作であり、不安定で迷いのある心理状態を反映している。 |
Non-linear(非線形性) | 混沌の体は黄色い袋のようで、脚が六本、四枚の翼を持つなど、通常の進化の法則や形状から逸脱しており、予測不能な存在を象徴している。 |
Incomprehensible(理解不能性・不可解さ) | 目、鼻、耳、口の七つの孔がないことは、外部情報を取り込む感覚器官が欠如しており、理解や解釈が困難な存在であることを表している。 |
このコラムでは混沌の時代に新しい創業・事業を考えている経営者のみなさまに対して、「1+2=3」の公式を用いて書かせていただきます。後半は「どう向き合うか(マインド)」「どう取り組むか(ナレッジ)」の参考になる理論をご紹介していきます。
1-3:「1+2=3で考える」とは?
なぜ「1+2=3」なのでしょうか。一部を■や□、◎で伏せても答えが直感的にわかるからです。
1 + 2 = 3
■ + □ = ◎
■(1)原料、素材技術、ナレッジ、みなさまの経験=混沌の黄色い袋のようで、脚が六本、四枚の翼を持つボディ
□(2)味付け、調味料=混沌の不可解に見えるが繊細なハート
◎(3)事業内容(こうありたい姿)=混沌が実際に見えている姿そのもの
Step1:考えている事を■と□、◎でわけてみる
まず、みなさまはどのような事業をされたいと考えていますか?
「私の技術、この原料を生かしたい」→■(原料、素材技術)
「優しい世界を作りたい」→□(味付け)
「画期的な事業をつくって驚かせたい!」→◎(事業内容)
このように整理できるかもしれません。
思いとして挙がるアイデアは、私も含めて、必ずしもロジカルではないことが多いです。■、□、◎が混じり合い、まさに「混沌(カオス)」そのものという状況もあるでしょう。
我々中小企業診断士などの専門家に相談して対話を重ねるのが最もおすすめですが、ここではセルフで取り組む方法をご紹介します。
【方法1:セルフ】
まずは「後で直せばよい」と割り切り、思いつくままに書き出すことが大事です。一度形にすると、目に見える情報をもとに修正しやすくなります。付箋を使い、単語レベルで整理するのも効果的です。
【方法2:生成AIの活用】
生成AIに■、□、◎を分けてもらうのも有効です。上記で上げたBANIと混沌の比較表のような形で分類を依頼すると、すっきり整理をしてくれます。
Step2:■(1?)+□(2??????)=◎(3?)の公式にする=仮説
少しずつ明確にしていくことで、次のような形にまとめられるでしょう。
1?+□=3?
1?+□=◎
■?+□?=◎?
パターン1:2つの要素が比較的明確な場合(1?+□=3?)
例:「1 お菓子づくりの経験+□=3 マルシェで販売」
この場合、お菓子とマルシェが決まっているので、□(味付け)を考える段階となります。
①生成AIでアイデアを出す
20案ほど生成し、ピンとくるものを選んで深める。
②BANIを逆手に取る
Brittleness(脆弱性):脆さを魅力に変える限定アートやリマインドサービス
Anxious(不安):不安を明確にし、知られていなかった不安を解消する商品やサービス
Non-linear(非線形性):偶発性を楽しむ体験や商品
Incomprehensible(理解不能性):味わいのある不可解な魅力を強みに
③探索を続ける
ナッジ理論で意識をするとその情報が目に入りやすい「カラーバス効果」というものがあります。特定のことを意識することで関連情報を見つけやすくなります。ターゲットがいるところに行く、SNSを眺めるというフィールドもおすすめです。
パターン2:1つの要素しか明確でない場合(1?+□=◎?)
例:「■+2 生成AI=◎」
生成AIを活用して、■(原料)と◎(事業内容)の組み合わせを考えます。
■(原料):過去の経験やネットワーク、心惹かれるものから案を探す。
◎(事業内容):既存のアイデアに着目するか、■+□から派生する案を検討。
新しい事業内容◎を目指す場合、オーダーメイドの発想が求められます。これを本質的に理解してもらえる人を見つける、または理解が得られるまで粘る必要があるでしょう。
パターン3:どれもわからない場合(■?+□?=◎?)
例:「とにかく起業したい」「自分で新しいことをしたい」
この場合、行動を起こしながら自分にとって大切なものを見つけることが重要です。
①起業や事業計画のセミナーを受講、交流会への参加
②誰かの力になる、あるいは誰かと連携する、会に入ってみる
目的が見つかったらパターン1や2に戻って検討を進めていきます。
Step3:実践してみる
Step2で整理した1+2=3に基づき、小さくてもよいので実際に行動してみることが大切です。具体的な実践例は後述いたします。
以降では、「混沌(カオス)にどう向き合うか」のマインドセットやフレームワークをご紹介します。
2.混沌(カオス)と向き合うマインド
2-1:エフェクチュエーション
「エフェクチュエーション」とは、ヴァージニア大学ダーデンスクール教授のサラス・サラスバシー氏が提唱した、優れた起業家に共通する行動論理・プロセスを体系化した理論です。同氏の著作によると、アメリカで上場を果たした優れた起業家の89%がエフェクチュエーションを実践しているとされています。
筆者は以前、専門家コラム「優れた起業家がとる行動論理・プロセス『エフェクチュエーション』の5つの原則をツール等を使って取り入れる方法」(2022年11月)で取り上げました。詳細は以下のリンクをご参照ください。
https://www.rmc-chuo.jp/manager/column/2022102501.html
今回は、混沌(カオス)と向き合うマインドの観点からエフェクチュエーションの原則を記載します。
【原則1:「手中の鳥の原則(Bird in Hand)」】
1■素材、2□味付け、3◎事業内容は、まず自分が今実行できるものを選ぶことをおすすめします。これにより、新規事業の解像度が上がり、具体的かつ明確に進めやすくなります。一部を新しいものに置き換えることも良いアプローチでしょう。
【原則2:「許容可能な損失の原則(Affordable Loss)」】
1+2=3の起業や新規事業は、必ずしも実現するとは限りません。そのため、失敗した際のダメージを最小限に抑える工夫が必要です。具体的には、持っているお金の範囲でできる方法をとる、限られた時間でできる範囲で取り組むことが重要です。
【原則3:「クレイジーキルトの原則(Crazy-Quilt)」】
行動を積極的に起こすことで、1+2=3の要素を深めたり、仲間を探しながら要素を補完していくことができます。これにより、プロジェクトの完成度を高められるでしょう。
【原則4:「レモネードの原則(Lemonade)」】
起きた出来事に新たな意味を付与し、それを転換する力が、思いもよらない■、□、◎を見つけることに役立ちます。困難をチャンスと捉える姿勢が重要です。
【原則5:「飛行機の中のパイロットの原則(Pilot-in-the-plane)」】
1+2=3の組み合わせには無限のバリエーションがあり、さまざまなパターンを模索することが求められます。最初の段階では複数の選択肢を並行して試行しながら反応を見ることが効果的です。有望なプランが見えてきたら、資源を集中投入する判断も必要です。決断に絶対的な正解はなく、自分の選択を信じることが大切だと考えます。
なお、エフェクチュエーションは中小企業診断士試験に3年間連続出題をされている注目の理論になります。
2-2.プランドハプスタンス理論(計画的偶発性理論)
「プランドハップンスタンス理論(計画的偶発性理論)」は、スタンフォード大学教授で心理学者のジョン・D・クランボルツ(Krumboltz J.D.)氏が提唱した理論です。この理論は、ビジネスで成功を収めた人々を対象に調査を行った結果、その8割が「成功の要因は予期せぬ偶然によるものだった」と回答したことを基になっています。キャリア形成において、偶然の出来事が重要な役割を果たすという考え方です。
混沌(カオス)と向き合うマインドの観点では、探索行動や意味がないと思われる行動、一見遠回りに見えることが予期せぬ偶然を引き寄せ、成功につながる可能性を高めるとされています。
【1. 好奇心】
1+2=3を生み出そう、実現しようとすると、新しいものへの興味が湧き、行動を起こすきっかけになります。その結果、予期せぬ形で新しい■、□、◎が見つかるかもしれません。
【2. 持続性】
一度やってうまくいかなくても、違う方法を試してみたり、ターゲットを変えてみたりすることが大切です。また、1+2=3の要素を見直すことで新しい道が開けることもあります。過去に失敗したことが後で役立つ場面もあるため、続けることが重要です。
【3. 楽観性】
取り組む中で失敗した、関係ないと思われる出来事が起きることもあります。ただし、それが思いがけず大成功につながる場合もあります。楽観的に考え、前向きに取り組む姿勢が大切です。楽観性を持つのが難しい時には、クレイジーキルトのような多様なチームに楽観的な人を巻き込むのも一つの方法です。最近では生成AIが励ましをくれることもあり、私もよく助けられています。
【4. 柔軟性】
レモネードの原則のようにピンチをチャンスに変える力も求められます。思い入れが強いとこだわりが生じやすいですが、その分柔軟性を失いやすいこともあります。柔軟性を持つ努力はもちろんのこと、対話やチームでの意見交換を通じて高めることが可能です。
【5. 冒険心】
「チャンスの神様は前髪しかない」と言われますが、チャンスを見極めて「これだ!」とつかむ力を指します。これは経験によって磨かれる部分もあるため、日々の生活や仕事を通じて鍛えていくのが良いでしょう。
3.混沌(カオス)に取り組むフレームワーク
3-1:クネヴィン・フレームワーク
クネヴィン・フレームワーク(Cynefin Framework)は、元IBMのデイビッド・スノーデンが開発した問題をその性質に基づいて明確、煩雑、複雑、混沌、無秩序の5つの領域に類し、それぞれの状況に応じた適切な対応を導くための手法を提供する問題解決のフレームワークです。
画像2:クネヴィン・フレームワーク
クネヴィンフレームワークをもとに筆者作成
左下の混沌では、行動、把握、対処といわれています。まず行動になります。
3-2.ナラティブ(物語)
ナラティブとは、「物語」や「語り」を意味する言葉です。ナラティブ研究者のマーシャ・ロシター氏は「ナラティブは意味づけの行為であり、経験に意味を与えていく方法である」と述べています。現在では、医療、臨床心理、カウンセリング、キャリアカウンセリングをはじめ、マーケティング、PR、人材採用やリーダーシップ、ゲームなどのコンテンツ制作といったビジネス分野でも幅広く活用されています。
混沌(カオス)の時代においては、「物語」や「語り」としてつなげていく方法に決まったルールはなく、自由であると言えるでしょう。従来の固定観念や分類にとらわれることなく、新たに結び直すことで、考えていなかった1+2=3のような新しい□、■、◎が見つかる可能性があるのではないかと考えます。
3-3.その他
実際進めていくためには、新規事業などのフレームワークの活用も有効です。
新規事業については専門家コラム「新規事業の検討について」(2024年9月)にて進め方を提示されています。
リーンスタートアップについては、既に国際部員のコラムのグローバルウインド「最低限のコストで海外進出を行うリーン海外進出例」(2019年09月)」にて紹介されております。
スクラムについては、専門家コラム「アジャイル型開発手法『スクラム』のビジネスでの応用について」(2024年10月)にて紹介されています。
4.最後に
いかがでしたでしょうか。新しい事業を考えていくときにわからないことがわからないことはよくあります。いったん分けてみて、わからない分を限定していくこと、対話や生成AI、行動でいろいろな可能性を検討し、明確化されていくとおもいます。
公的支援機関での無料相談、及びセミナー、連続型コースも開催されています。
様々活用して新しい創業や事業の実現を願っております。
略歴
■藤田 有貴子
ふじたクリエイトスタジオ代表 中央支部執行委員
中小企業診断士 国家資格キャリアコンサルタント 認定経営革新等支援機関
シンクタンクで実証実験からNPO法人の立ち上げ、ウェブサービス等で事業企画、マーケティング、補助金を活用した新規事業立ち上げ、スタートアップ企業を経て
現在は「新しい、答えのない創業・事業」をテーマとしたフリーランスの中小企業診断士として活動中