グローバルウィンド 「インバウンド観光再興と地方への誘導策」(2024年12月)
国際部 久保田 美樹
1. はじめに
新型コロナウイルスの影響が収束しつつある中、街中では多くの外国人旅行者の姿が再び目立つようになりました。銀座や浅草といった観光地では、歩いていると日本語よりも外国語が多く聞こえる場面も珍しくありません。
インバウンド観光は、日本経済を再び活性化する起爆剤として大きな期待を集めています。さらに、都市部だけでなく地方においても、外国人旅行者の増加を契機に地域経済を活性化させる可能性が注目されています。本稿では、インバウンド観光復興の現状を探るとともに、その経済効果を地方へ波及させるために必要な外国人旅行者の地方誘導について考察します。
2. 外国人旅行者の推移
日本政府観光局(JNTO)の発表によると、訪日外国人旅行者数は、2019年まで着実に増加し、過去最高を更新しました。この増加の背景には、戦略的なビザ緩和、訪日旅行者向け消費税免税制度の拡充、CIQ(税関・出入国管理・検疫)体制の強化といった施策がありました。また、航空や鉄道、港湾といった交通ネットワークの整備、多言語表記を含む受け入れ環境の向上、魅力的な観光コンテンツの開発、日本政府観光局(JNTO)による積極的なプロモーション活動も寄与しました。
しかし、2020年から2022年にかけては、新型コロナウイルスの感染拡大により、訪日外国人旅行者数が大幅に減少しました。2022年6月に外国人旅行者の受け入れが再開され、同年10月には水際対策が大幅に緩和されると、訪日旅行は徐々に回復を見せました。2023年には東アジアからの旅行者を中心に大幅な増加が見られ、同年10月には2019年同月の水準を上回りました。年間では2,507万人が訪日し、これは2019年と比較して21.4%減となりますが、着実な回復を示す結果となりました。
出典:日本政府観光局(JNTO)資料に基づき観光庁作成
そして、2024年9月の訪日外国人旅行者数(推計値)は、287万2,200人となり、2019年同月比で26.4%増加しました。1月から9月までの累計では、2019年比で10.1%増の約2,688万人に達し、すでに2023年の年間訪日外客数(約2,507万人)を上回る結果となっています。
2019年の年間訪日外国人旅行者数は約3,188万人で、現在の数字との差は約500万人です。このペースが維持されれば、2024年の年間訪日外国人旅行者数は、コロナ禍前の2019年を超え、過去最多を記録する可能性が高まっています。
3. 訪日外国人旅行者の三大首都圏への集中
日本のインバウンド需要は堅調に回復している一方で、訪日外国人旅行者の滞在先や消費先が三大都市圏に集中している状況が見られます。2023年の三大都市圏(東京都、大阪府、京都府)における外国人延べ宿泊者数は、全体の7割以上を占め、2019年と比較して約1割増加しました。この背景には、三大都市圏での外国人延べ宿泊者数が2019年比で14%増加した一方、地方部では同26%減少しており、地方でのインバウンド需要の回復が遅れていることが挙げられます。
図表2: 外国人延べ宿泊者数の三大都市圏・地方部別割合 出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(2019 年、2023 年)
注:2023年は速報値
さらに、2023年の観光やレジャーを目的とした訪日外国人旅行消費額を都道府県別に見ると、東京都、大阪府、京都府が特に高い割合を占めており、三大都市圏への偏りが顕著です。
図表3: 訪日外国人旅行者の都道府県別訪問者数、消費単価及び旅行消費額
出典: 観光庁「訪日外国人消費動向調査」地域調査(観光・レジャー目的、 2023 年4-12 月期(参考値))により観光庁作成。
注1:「訪日外国人消費動向調査」では、訪日外国人全体及び国籍・地域別の消費動向を把握するため
の「全国調査」とは別に、訪問都道府県別の消費動向を把握するための「地域調査」を実施。訪
日外国人全体の日本国内における消費額である「訪日外国人旅行消費額」は「全国調査」から推
計したもの。
注2:「地域調査」は、新型コロナウイルス感染症の影響により 2020 年4-6月期から 2023 年1-3月期までは調査 を中止したため、2023 年暦年データは同年1-3月期データを含まない。
注3:「訪問者数」は、各都道府県に宿泊を伴って訪問する場合のみならず、日帰りで訪問する場合を
含む。「消費単価」は、各都道府県への訪問者(日帰りでの訪問を含む。)の各都道府県における
一人当たり旅行支出。
4. 政府の訪日外国人旅行者の地方への誘導や消費拡大の注力
インバウンド消費は、GDP統計において「サービス輸出」の「非居住者家計の国内での直接購入」に計上されますが、2019年のインバウンド消費は4.6兆円で、サービス輸出では自動車(12.0兆円)に次ぐ輸出産業となっているものの、地方はその経済効果を十分に享受できていません。
インバウンド観光、そして、外国人旅行者の地方への誘導や消費拡大を重要視していることは、観光庁の令和6年度の予算にも見ることができます。
令和6年度の予算総額503億円1,800万円のうち、実に87%の439億4,600万円が「地方を中心としたインバウンド誘客の戦略的取組」に割り当てられています。(図表4赤枠部分参照)
出典: 観光庁「令和6年度 観 光 庁 関 係予 算 決 定 概 要」
5. 訪日外国人旅行者を地方へ誘導するための施策
ここまでで、外国人旅行者数は再び増加し、日本経済活性化の起爆剤として期待されているものの、訪問先は三大都市圏に集中しており、地方への誘導や消費拡大は、観光庁も予算の大部分を割いて、注力していることを述べてきました。
ここからは、地方に外国人旅行者を誘導する案を考えてみたいと思います。
地方に足を延ばしてもらうためには、三大都市圏や主目的地訪問のついでに足を延ばしてもらう「ついで訪問」を促す施策が、以下の理由で有効ではないかと思います。
・旅行者の心理に沿ったアプローチ
訪日観光客は、まず東京、大阪、京都など主要観光地を訪問したいと考える傾向があります。その流れで「主要地の近隣」「移動経路沿い」といった形で地方観光地を提案すると、旅行者の心理的ハードルが下がります。こうした「ついで訪問」は、観光地が近距離に感じられる日本ならではの戦略です。
・移動コストや時間の最適化
訪日観光客は、限られた日程で可能な限り多くの場所を訪れたいと考えます。主要観光地からアクセス可能な地方エリアを提案することで、効率的に移動でき、旅行者にとって「お得感」を提供できます。
・地方の魅力を再発見する機会
主要都市からの「ついで訪問」をきっかけに、地方特有の食文化や伝統文化、自然体験を楽しんでもらえます。これにより地方の観光資源が広く認知され、次回の旅行の主目的地として選ばれる可能性が高まります。
以上の理由から、ついで訪問の訴求は地方への送客に有効な手段と考えます。ついで訪問を促すには、その土地ならではのコンテンツを磨くことはもちろん大切ですが、以下のようなことにも留意する必要があります。
・情報発信
ついで訪問を促すには、情報発信が大切です。主目的地の情報を収集する際に、その土地の情報を訴求、認知してもらう必要があります。
ここまで来て、立ち寄らないのはもったいない、と思ってもらうことが大切です。
・交通インフラの整備やアクセス情報の提供
主目的地からついで訪問先への交通インフラの整備や、少なくともアクセス情報をわかりやすく提供し、その土地に訪れる障壁を除くことが必要です。
・多言語対応の用意
これまで、訪日観光客を受け入れたことが少ない場合は、多言語対応の用意をすることも必要です。ITサービスの導入などである程度解決できることもあるので、補助金などを活用して、多言語対応を用意します。
筆者は数年前に伊勢・鳥羽を旅行しました。伊勢神宮やミキモト真珠島といったメジャーな観光地を訪れた一方で、鳥羽港近くにある「答志島(とうしじま)」という離島の存在を知ったのは旅行後でした。
同島は日本の原風景が体験できる離島で、漁村特有の雰囲気や新鮮な海産物を楽しめるそうです。このような情報が事前にあれば、旅行先の候補として検討できたでしょう。地方観光の情報発信がいかに重要であるかを再認識する経験でした。
6. おわりに
毎年訪れる江の島ですが、先日、初めてアニメ版「スラムダンク」のオープニングシーンで有名な江ノ電・鎌倉高校前駅の踏切を訪れてみました。海が見える美しい場所ですが、周囲は住宅街でありながら、多くのアジア系外国人旅行者が集まっており、警備員が配置されるほど観光地化されていました。訪日外国人の情報収集力や好奇心、行動力には驚かされるばかりです。
「スラムダンク」の聖地となっている江ノ電・鎌倉高校前駅の踏切
新型コロナウイルスの影響が収束し、訪日外国人旅行者の一層の増加が期待される今、日本各地の観光資源を磨き上げ、情報を発信することが求められます。一方で、オーバーツーリズムの課題も存在します。これらに対応しながら、地域経済の活性化を実現するための取り組みを進めていきたいものです。
■久保田 美樹(くぼた みき)
2023年11月中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会中央支部国際部所属。米国MBA。
主に通信・インターネット業界で、新規事業の立ち上げ(事業開発、事業計画の立案や資金調達など)、サービス企画、オペレーション構築、調査・コンサルティングに従事。現在、現在は通信会社で、フィンテック分野の企業との共創推進や事業開発を担当している。
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