国際部 種本 淳利

日本の中小企業が飛躍的に成長するために欠かせないキーワードの1つとして「海外進出」が挙げられると考えています。日本の中小企業が海外進出を検討するとき、真っ先に頭に浮かぶ国は、タイ、ベトナム、インドネシアなど既に多くの日本企業が進出し、在留邦人も多い東南アジアの国々になるかもしれません。

私は勤務先の業務の都合により2011年から2015年にかけてアラブ首長国連邦(以下、UAE)の首都アブダビに駐在して日系企業の支店を立ち上げる機会がありました。

中東地域は日本人にとっては遠い異国の地で、大半の方は、全身を真っ白な布で覆って頭に黒い輪をはめている男性と、全身を黒い布で覆って顔のあたりだけ露出させている女性がいる国というイメージだけあり、生涯かかわりを持つつもりは無いとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際に現地を訪れ、そこに住む人々に触れ、その風土と歴史を知るにつれて魅了されると信じています。(アブダビ、ドバイの主要2都市に直行便が飛んでいます!

今回は、私がこよなく愛すUAEの歴史とUAEの今、またUAEでビジネスの拠点を持つためのHow toを簡単にご紹介したいと思います。

 

1.UAEについて

UAEは、アラビア半島の東南端、アラビア湾の出口と一部オマーン湾に面し、アブダビ、ドバイ、シャルジャ、ラス・アル・ハイマ、フジャイラ、アジュマン、ウンム・アル・カイワインの7つの首長国により構成される連邦国家です。国土の大部分は砂漠地帯ですが、アブダビ首長国の東部アル・アイン地方などはオアシスに恵まれ、肥沃な土壌をもっています。気候は海岸部分で高温多湿、内陸部は乾燥地帯です。

首長国とは、イスラム世界の君主の称号の一つである「首長(アミール)」が君臨する国家のことを指し、君主制の一形態です。アミールの英語表記である”Emir”から”Emirate”が首長国の英語表記となります。首長国は基本的には首長が絶対的な権力を持つ君主制を敷いた国であり、選挙などによって広く市民の意見を募って物事を決めるという仕組みはありません。極めて簡単に表現すると、王様が君臨する国なのです。

UAEは”United Arab Emirates”(アラブ人の首長国による連合、つまりアラブ首長国連邦)の略語なのです。

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写真1:UAEの地図

出典:日本アラブ首長国連邦協会ホームページ

 

2.UAEの歴史

16世紀初頭にポルトガルがアラビア半島にある今のUAEの地域に進出した後、オランダ、フランスも進出しましたが、18世紀半ばより進出したイギリスが、この地域を支配しました。19世紀には各首長国はイギリスとの紛争状態に入ったのちに休戦条約を結び、イギリスの保護領となりました。1968年にイギリスがスエズ運河以東の軍事的な勢力圏を放棄することを宣言すると、各首長国に連邦結成の気運が高まり、1971年12月2日、6首長国により(ラス・アル・ハイマは翌年参加)連邦国家として独立しました。

元々、この地域ではラクダの遊牧と小規模農漁業、真珠採取などで生計を立てていましたが、1950年代に石油が発見されると急速に変貌しました。油田開発によって急激な経済成長を遂げ、現在では1人当たりのGDPは日本と肩を並べています。UAEの最高決定機関は7首長国の首長で構成する連邦最高評議会であり、大統領は7首長から互選されることとなっていますが、建国以来アブダビ首長が大統領、ドバイ首長が副大統領兼首相に就任しています。UAE原油の大部分を産出するアブダビと、貿易、観光及び金融に力を入れているドバイの2首長国が、政治・経済・軍事の面で主導権を握っているといえます。

 

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写真2:アブダビが世界に誇るシェイク・ザイード・グランド・モスクと自称7つ星ホテルのエミレーツ・パレス

3.UAEでのビジネス環境

1)法人税

過去、UAEでは基本的に個人所得税も法人税が徴収されていないと広く認知されていましたが、連邦財務省は2023年6月1日以降に開始する事業年度を課税対象として、法人税(9%)を導入すると発表しました。法人税制の概要は以下の通りです。

  • 2023年6月1日以降の会計年度で、法人の課税所得に対して税率9%を適用。
  • 課税対象となるのは年間所得が37万5,000ディルハムを超えるUAE国内の企業で、同金額以下の小規模事業者は対象外。
  • UAE国内でビジネスを行っていない外国投資家や、投資に対するキャピタルゲインと配当についても対象外。
  • 個人所得は引き続き課税対象外。
  • フリーゾーン企業は、国内企業との取引が無い等の連邦政府が定める条件を満たす場合に免税。

 2)その他税制

  1. 付加価値税(VAT):5% 日本における消費税と似た運用がなされています。
  2. 物品税、首長国手数料など

たばこ、炭酸飲料、エナジードリンクなどの嗜好品に物品税が課されるに物品税が導入されています。また、アパート・店舗賃料やホテル・娯楽施設、宅配サービス等のサービスには首長国による手数料という名目での実質的な税金が受益者から徴収されます。

 

3)規制業種と出資比率

金融、医療機関等一部の業種を除き、ほとんどの業種が外資に開放されています。現地法人を設立する際にUAE国民による51%以上の出資を必要とした規制は、2021年6月に廃止され、外資100%の会社設立が可能となっています。また、従来は外国企業の支店や駐在員事務所を設立する際にも、UAE国民または100%UAE資本の法人をローカル・スポンサーとする必要がありましたが、上記の規制撤廃と共に不要となっています。企業としてのビジネスライセンスは各首長国政府から取得できますが、フリーゾーン内を除くすべての外国企業は経済省への登記を必要で、石油・ガス、製造業、医薬品関連産業等の業種については連邦政府の承認が必要です。ただし、首長国によって取扱いが多少異なる事が想定され、制度も頻繁に変更されるため、会社設立の前に各首長国の政府機関(アブダビ経済開発局やドバイ経済開発局等)に詳細な確認をする必要があります。

4)外国企業の土地所有の可否

外国人の土地所有は制限されており、ほぼ不可能と考えた方が良いと思います。

5)フリーゾーン

UAEで外資企業が拠点を設置しようとすると税制をはじめ様々な規制があります。この規制が大幅に緩和され、且つ制度的優遇策が適用されている地域・区画が「フリーゾーン」と呼ばれます。

フリーゾーンでは原則として業種を問わず外資100%の会社設立が可能である他、以下に例示するような様々なインセンティブが提供されています。フリーゾーンは各首長国の法令に基づき設立されていますので、こちらも首長国によって優遇策が異なりますので、詳細を確認の上、進出先の首長国を決定する必要があります。

  • 100%外国資本による会社所有が可能
  • 法人税、所得税が50年間免除される(UAE国内との取引がない事が前提。更新可能。)
  • ローカル・スポンサー不要
  • 資本、利益の本国送金が自由
  • 外国人労働者の雇用制限なし
  • 保税区:輸入物品をフリーゾーン外に持ち出さない限り、輸入関税の徴収が無い
  • 長期での土地リースが可能

 

4.UAEでビジネス拠点を設けるには?

UAEで外国企業の設立に適した主な会社形態は、以下の4種類となります。

  • 有限責任会社(Limited Liability Company:LLC)
  • 支店
  • 駐在員事務所
  • フリーゾーン企業(Free Zone Establishment:FZEまたはFree Zone Company:FZCO)

ここでは例示として、最も手続きが多いと思われる有限責任会社(LLC)の設立手順について解説します。

  • STEP1:必要なビジネスライセンスの種類を決定
    初めに、必要なビジネスライセンスの種類を決定する必要があります。各首長国政府の経済開発局(DED)の事業分類リストより、設立する会社の事業分野を特定します。UAEには商業ライセンス、工業ライセンス、専門ライセンス、観光ライセンスなど、複数の種類のビジネスライセンスがあります。
  • STEP2:商号を選び、DEDに仮登録
    商号を選び、DED(各首長国政府の経済開発局)に仮登録します。その際、UAEで登録されていない、かつ事業分野に関連する当局が設定する命名規則に準拠する商号を選ぶ必要があります。
  • STEP3:DEDの事前承認を取得
    DEDの事前承認を取得します。その際、ビジネスライセンスの種類に応じて関連する当局から事前承認を取得します。

    1. 所定の申請書
    2. 商号の予約証明書
    3. ビジネスライセンスを受ける人の身分証明書コピー
    4. (申請者がUAE在住外国人の場合)ビザ・スポンサーからの異議なし証明書(NOC)
    5. 会社定款
    6. 事業計画書
    7. LLC設立を決定した親会社取締役会の決議書(在外UAE大使館及びUAE外務省の認証付きのアラビア語訳)
    8. マネージングディレクター(=LLCの責任者)の任命書(在外UAE大使館及びUAE外務省の認証付きのアラビア語訳)
    9. 親会社の登記証明(在外UAE大使館及びUAE外務省の認証付きのアラビア語訳)
    10. 親会社の定款(在外UAE大使館及びUAE外務省の認証付きのアラビア語訳)
    11. 「実質的支配者(=親会社など)」に関する開示書類
  • STEP4:オフィスまたは商業スペースを借りる
    オフィスまたは商業スペースを借ります。尚、ビジネスライセンス申請に必要なオフィスまたは商業スペースを事前に借りておく必要があります。
  • STEP5:会社定款を作成
    会社定款を作成
    し、会社の活動内容、目的、株主情報などを記載する必要があります。
  • STEP6:DEDの最終承認を取得
    DEDの最終承認を取得
    します。その際、ライセンス料や関連費用の他、ビジネスライセンスの種類に応じた関連当局、経済省、内務省、市役所など、他の政府機関から必要な最終承認を取得する必要があります。

    1. 所定の申請書
    2. 事前承認書
    3. 事前承認取得時の必要書類一式
    4. 全株主およびLLCの責任者のパスポートコピー
    5. 事務所賃貸契約書コピー
    6. 会社定款(公証人の証明を受けたもの)

 

以上の手続きを経て申請が最終的に承認されると、ビジネスライセンスが発行され、UAEで合法的にビジネス活動を行うことができるようになります。

支店や駐在員事務所、フリーゾーン企業の設立手続きは、上記で説明したLLCのものとは多少異なってきます。また、UAEの諸制度は日々刻々と見直され、改正されていますので、実際の手続きにあたっては、現地のコンサルタント或いは進出経験のある企業に相談するなどし、その時点で最新の制度を確認して取り進めることが肝要です。

私がアブダビに支店を設立した際の体験談としてご紹介できる、現地ならではのエピソードとして最初に出てくるのは、上記STEP 4に記載した事務所賃借に関するものです。支店として入居する事務所を借りようとすると、家主からはビジネスライセンスの提出を求められます。家主が、テナントが違法営業していないかどうかを確認したい気になるのは当然ですよね。ところが、そのビジネスライセンスは上記STEP 6-5の通り、事務所賃貸契約書が無いと申請すらできないのです。このニワトリが先か卵が先か問題は、今では笑って話せますが、当時は真剣に悩みました。

この問題をどのように解決したかと言いますと、アブダビ市内では人間が1人くらいは座れる程度のとても狭いスペースが賃貸されており、ここを仮の事務所としてビジネスライセンスの申請を行うのです。そしてDEDの最終承認の必要書類として提出すると、その仮の事務所に政府の役人(全身を白い布で覆い頭に黒い輪を乗せた男性)が来て、事務所として機能しているかどうか確認・審査しに来るのです。

役人が来るタイミングは、「〇月〇日~〇月〇日の内のどこか」という大雑把な形で事前の通知はありますので、空振りしないようにその期間中、毎日、朝から晩まで狭いスペースに座って役人を待ちました。我々が借りたスペースは、たくさんそうした小さなスペースが設けられた古い雑居ビルの一角でした。Wi-Fiなどインターネットを使用できる環境は無く、室外気温は凡そ摂氏50℃にもかかわらず冷房の効きは悪いビルでした。

 

5:UAEで暮らすうえでの注意点

1)移動手段

ドバイではMRTが通っており、生活の足として使えます。MRTがない地域でもタクシーや路線バスなどの公共交通機関が存在します。注意したいのは、それらの公共交通機関では冷房が十分に効いていますが、降りたとたんに体感温度摂氏50~60℃の環境に放り出されますので、温度差で体力が奪われないよう、できるだけ目的地の建物にすぐに入れる場所までアクセスできる移動手段(タクシーだけか?)を確保するべきだと考えています。

従って、自家用車を確保することが望ましいですが、交通事故に巻き込まれると日本の警察よりも格段に厳しく、英語を話せない人も多いUAEの警察を相手にすることになりますので、運転手(インド、スリランカ等からの南西アジア出身者が多いです。)を雇用することがより望ましいです。

2)医療

世界最新鋭の医療機器が導入されています。私がアブダビに駐在していた時期は、インド、エジプト等の外国人医師が多く、また最新鋭の医療機器を扱える技量の備わった医師は限られており、ハード面とソフト面でのミスマッチが見られました。また、当時はドバイにのみ日本人の医師の方がいらっしゃいました。

何らかの手術やきめ細かい診療を受ける必要がある場合は、日本に帰国した方が良いと思います。

3)治安

治安は比較的良いと思います。私自身、犯罪に巻き込まれたことはありませんでしたし、身の危険を感じるようなこともありませんでした。

しかし、UAEは、国営メディアが支配的な地位を占め、報道に対しては検閲や規制が行われていると言われており、報道の自由度が比較的低い国々の一つと考えられています。よって、重大な犯罪があったとしても報道されないケースが多くあると考えられおり、本当に治安が良いかどうかを断言できません。できるだけ単身での夜間の外出は控えた方が良いと考えます。

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写真3:夜のモスクは緑色にライトアップされて美しいものの、テロリスクが比較的高く、外国人は近寄らない方が賢明

4)その他、注意したい事項

UAEでは、ビジネス環境や対外的なイメージを良好に保つために、特有の厳格なルールがあります。例えば、野次馬行為、事故や災害現場等の撮影やSNS掲載、公道での洗車等、日本では処罰されることはないと考えられる行為が、身柄拘束や罰金などの処罰の対象となる場合があり、実際に新聞等で報道されています。

また、国家安全保障や犯罪対策などを理由に、国内外の通信を監視するための技術や能力を開発し、インターネットの監視、電話通話の傍受、電子メールの監視が行われていると言われています。いかなる場合も、政府の批判や国家元首の名前やイスラム教に関する固有名詞や教義について言及することは避けた方が賢明だと考えています。

5)最後に

私がアブダビに駐在していた期間に出会ったUAEの人々は、欧米での高度な教育を受け、それぞれが国を背負っているという気概を持つナイスガイが多かったと記憶します。ビジネスの世界で彼らと接点を持ち、様々な学びを得たことは私の生涯を通じた財産だと考えています。一方で、彼らは先祖から受け継いだ文化や風習を大切にしている事に触れ、我々も日本の文化や伝統を大切に次の時代につなげていかなければならないと思いを強くしたことも覚えています。

昨年、日本とUAEは外交関係樹立50周年を迎えました。外交関係樹立以来、一貫して日本、UAE双方にとって、原油取引の主要相手先としての立場を維持しており、お互いの経済を維持する上で必要不可欠な存在です。また、これからの時代のニーズを見据え、再生可能エネルギー、水素、アンモニアなどの新エネルギー、科学技術、インフラ、宇宙等の幅広い分野での協力を進めるべく、「日・UAE包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ」が結ばれており、今後、様々なビジネスチャンスを期待できます。私自身も、これからの時代の潮流の中で世界に羽ばたこうとする中小企業の支援を全力で行うことで、再びUAEと深いかかわりを持ちたいと強く願っています。

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写真4:自宅からの夕景を眺めながらビールを飲むのが最高。アブダビは夕景が美しい街

 

■種本 淳利(たねもと あつとし)
東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属。総合商社のインフラ投資部門に勤務。
台湾、アラブ首長国連邦、インドネシアへの駐在経験あり。広島県福山市出身。