グローバルウインド「会員部、研修部、国際部共催イベント実施報告『江戸の老舗「豊島屋」講演 と酒蔵見学 ~400年の老舗経営と国際展開を学ぶ~』」(2023年3月)
国際部 大井 秀人
2023年2月4日(土)、中央支部会員部、研修部、国際部の3部合同イベント、「江戸の老舗「豊島屋」講演と酒蔵見学 ~400年の老舗経営と国際展開を学ぶ~」を開催しました。参加者は28名。醸造元の東村山にある豊島屋酒造を訪れ、酒蔵を見学した後、吉村俊之社長より、老舗経営で大切にすべき心掛けや、日本酒事業の海外展開の可能性や挑戦についてご講演いただきました。
本イベントはコロナ禍による順延を余儀なくされ、当初企画以来ほぼ4年越しでようやく実現にこぎつけました。本稿では、盛況裡に終わった本イベントの様子を報告します。
1. 豊島屋酒店のあらまし ~ 創業400年、東京最古の酒店
豊島屋の事業は、清酒「金婚」の販売と江戸の飲み屋を再現した「豊島屋酒店」を営む株式会社豊島屋本店と、清酒を醸造する豊島屋酒造株式会社などから成ります。創業は安土桃山時代の慶長元年(1596年)。初代豊島屋十右衛門が酒屋兼一杯飲み屋として創業しました。東京最古の酒舗として知られ、古くは「東海道中膝栗毛」や「鬼平犯科帳」にも引用されています。
明治中期には酒の醸造も手掛けるようになり、最初の酒蔵は兵庫・灘に造られました。その後、昭和初期に東村山市に移設され、深さ150メートルから汲み上げた富士山の伏流水で酒を醸しています。
看板商品の清酒「金婚」は、その名が明治天皇の銀婚式をお祝いしたことに由来します。明治神宮、神田明神の唯一の御神酒として奉納されていることでも有名です。2020年には神田錦町に新しく生まれたランドスケープ『神田スクエア』にお洒落な酒屋兼立ち飲み居酒屋『豊島屋酒店』を出店されました。関東大震災で倒壊して以来中断していた飲食業の営業となり、約1世紀ぶりに創業の商いを再興されています。
神田『豊島屋酒店』( https://www.toshimaya.co.jp/sakeshop/ )
2. 酒蔵見学 ~ 日本酒は「人間の味」、五感で仕上げることが醍醐味
日本酒は、米を麹菌による反応ででん粉を糖に分解し、その糖を酵母菌で発酵してアルコールにするという工程で作られます。その主な設備は、米を洗い蒸す「釜場」、米麹をつくる「麹室」、酵母を増やす「酒母場」、大小さまざまなタンクの並ぶ「仕込蔵」。工程の順番に見学させていただきました。
日本酒は同じ銘柄であれば、どの年でも同じような味わいに感じますが、実はその年の米の出来具合で味が変わる繊細な飲み物だそうです。それを安定した味にするのが杜氏であり、杜氏は水加減や仕込みの工程で手間暇かけて味を調えます。レシピはありますが、レシピで定量的に表現できない「感じる力」が日本酒造りには必要とのことでした。
たとえば、米を洗うのは10kgごと。米の仕入れは1ロット2.5トンとのことですから、気の遠くなる回数です。しかし米が吸う水分量を一定にするには、五感で感じながら丁寧に少量ずつ洗い上げる必要があるそうです。使う水は地下150mから汲み上げる井戸水で、年間通してほぼ一定温度の軟水。安定した品質の酒造りにとても適しています。
仕込蔵のタンクは一本8,000リットル。ここに2.5トンの米を仕込みます。麹と蒸米を何日もかけて分けて仕込んでいく「段仕込み」で仕込みます。最低でも三段、足りなければ四段、五段と重ねます。これも発酵の様子を五感で感じながら、確実に同じ味で発酵させるために必要不可欠とのこと。そして20日は発酵させたうえで絞り、清酒にしていきます。
ちなみにワインは一段発酵です。一度樽に仕込んだらそのままで、原料のぶどうの品質で味が決まります。そのため、醸造年によりビンテージ品が出てきます。しかし、日本酒ではビンテージ品をあまり聞きません。どの年の日本酒も変わらぬ(と感じる)味で楽しめるのです。それは、職人が五感を持って日々、米、麹、酵母、水と向き合って仕込み味を調えているからです。その工程の違いから、通は「ワインを『自然の味』、日本酒を『人間の味』」と言うそうで、言い得て妙と感じました。
外国人見学者がこの工程の説明を受けると「Crazy!」と言うそうです。海外の酒造りでは考えられないくらいの、手間と暇がかかっているからです。日本酒独特のすっきりとしつつもコクのある香りや味は、杜氏の品質へのこだわりや繊細さが育むということがよくわかります。今まで、日本酒の美味しさを当たり前のように感じていました。しかし、実はそうではなく、世界にも類を見ない日本独自の大切にすべき文化であり良さであると、あらためて気づきました。
3. 老舗経営の心掛け① ~ お客様第一、信用第一
豊島屋は、江戸時代に酒屋兼一杯飲み屋(居酒屋のルーツ)を開き、明治には酒造業に進出、昭和初期に業務用酒類・食品卸へ展開するなど、大変長い時間軸の中で、お酒を核とした事業を継続発展させています。吉村社長は、「弊社は、口伝の家訓『お客様第一、信用第一』を旨とし、利益よりも、信頼関係に基づく長期的な継続発展を追求してきました」と話されました。
江戸時代の酒造は関西(上方)が主産地であり、江戸には上方から酒が運ばれていたそうです。江戸時代の豊島屋では、上方から運ばれた酒を原価で客に飲ませる一方で、豆腐田楽や白酒で好評を得ながら、空樽の販売で利益を得ていました。400年前の昔から、お客様からのご愛顧を一番に、利益の拡大をむやみに追い求めず長く愛される酒店づくりに取り組まれていたことに、とても驚かされます。
豊島屋の初代が掲げた理念は「人より内輪に利得を取りて、よく得意とるべし」。これが口伝の家訓として代々引き継がれ、現在の経営理念「豊島屋本店は、上質な酒と食品を通じてお客様に価値を提供し、食文化の発展に貢献します」に繋がっています。三方よしに通ずる初代の理念を大切に受け継いできたことが、長寿企業が時代を超えて生き続ける秘訣だと感じました。
4. 老舗経営の心掛け② ~ 不易流行
豊島屋は、行動指針に「不易流行」を掲げています。吉村社長は「これまで守るべきもの(不易)は頑なに守り、変えるべきもの(流行)は大胆に変えて参りました」と話されました。
「不易」として守るべきは、「無形資産としてのブランド」。たとえば、お客様や取引先からの信用や信頼関係、商品の品質、職人気質、暖簾といったものです。その長期的な信頼関係や品質の高さに基づく商品として、江戸時代から続く白酒、御神酒(金婚)、蕎麦屋さんに多数採用されている天上味醂を挙げられました。
「流行」として変えるべきは、お客様の嗜好変化に合わせた商品開発、販売形態、新たな商品チャネルとのことです。その一例として、地域限定酒、純米無濾過原酒、発泡性日本酒など新しいニーズに応える商品開発を着実に進めてきたことを挙げられました。スタジオジブリとのコラボ日本酒、コンビニエンスストアとの協業にも取り組まれています。また、東京都産米を使うなど「江戸・東京の地酒」でのブランディングを行い、東京都の「江戸東京きらりプロジェクト」の令和元年度モデル事業にも選定されました。
豊島屋では、「流行」の部分は自社の強みを生かせる領域に無理せずに広げられています。「不易」とする部分を自社のコアと位置づけ守り育て、そのコアをベースに着実に「流行」に取り組まれている印象です。その姿勢は、多くの無形資産を持つ老舗企業が持続的に発展するための、シンプルで合理的な考え方と感じました。
5. 海外展開・インバウンドの可能性と豊島屋の挑戦
吉村社長から不易流行の「流行」にあたる海外展開の取り組みと今後の方向性もうかがいました。日本酒の国内消費量はピーク時(1970年代)に比べ4分の1と、国内の市場環境は大変厳しい状況です。一方、日本酒の輸出は近年右肩あがりで、海外のワインコンテスト(IWC)では酒部門がつくられるなど海外からの評価も高くなっています。輸出やインバウンドは可能性が高く期待できる領域と話されました。
インバウンドについては、羽田空港からの依頼で、空港直営免税店向けの日本酒「羽田」を開発されたそうです。「ミニ樽」や「赤い箱に金色のラベル」といった海外のお客様がお土産として好まれるパッケージを開発したところ、好評を得て継続的な取引となったそうです。
また、豊島屋では早くから海外市場の可能性に目を向けており、2008年から輸出に向けた取り組みを続けています。会社の規模が大きくないため、一国一国、無理せず進めており、各国の国際展示会、イベントへの出展や、JETROの「新輸出大国コンソーシアム」採択による支援、中小企業基盤整備機構のハンズオン支援などを活用しながら販路開拓を続けています。関税などの制約で、好評を得ながらも取引に至らなかった国もありましたが(インド)、今では韓国、シンガポール、ベトナム、アメリカ、フランスと取引関係を築かれ、現在、台湾、イタリアとの商談を進めるなど、徐々に輸出国を開拓しています。
また、海外のコンテストにも出品し、フランスの日本酒コンテスト(Kura Master 2020)では最高賞(プラチナ賞)を得るなど、ブランディングにも努められています。輸出の売上に占める割合は大きくないそうですが、海外展開は一朝一夕にできるものではないため、無理のない範囲で育てあげ、5年後に全体の2割程度の規模を目指していきたいとのことでした。
海外、インバウンド向けに作成した英語の動画。吉村社長は、外国人向けのビジネスは英語で伝えることも重要と話されました。
今回の見学や講演を通して、老舗企業が長く事業継続できる理由、日本酒の海外展開の展望、日本酒の知られざる良さなど、さまざまな学びを現場で体感しました。このような機会をご提供くださった吉村社長はじめ豊島屋のみなさま方に、あらためて感謝申し上げたいと思います。
吉村俊之社長のプロフィール
豊島屋16代目店主。大学では物理学、大学院で物性物理学を専攻後、株式会社日立製作所中央研究所に勤務し、半導体分野の研究者としてのキャリアを過ごす。工学博士(電子工学)。その後、豊島屋を承継するにあたり、経営への理解を深めるため米国戦略系経営コンサルティング会社に勤務後、平成13年(2001年)株式会社豊島屋本店に入社。平成18年(2006年)代表取締役社長に就任。現在に至る。
最後に
参加者一同による記念写真(東村山駅前にて)
■大井 秀人(おおい ひでと)
東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部・渉外部所属。化粧品DX関連企業に勤務。化学、エンジニアリング、IT、電機、映像機器、化粧品と多くの業界で、製品開発プロセスのデジタル化や業務改革に従事。中小事業者の業務分析や事業計画策定支援にも複業で関わる。