グローバル・ウインド「なぜ、東京2020オリンピックは中止出来なかったか?―国際契約の問題点を問う―」 (2022年12月)
国際部 向井 実
Ⅰ.はじめに
Tokyo2020オリンピック・パラリンピックは、2021年夏に賛否両論の中、無観客での開催に至りました。私も、コロナ前からボランティアに応募して楽しみにしていましたので複雑な気持ちでした。
しかし、『生命を賭して行うスポーツの祭典はあり得ない』。アスリート、ボランティア、協力事業者、観客を感染リスクにさらしてまで開催する意義があったのでしょうか、外国人の入国制限の例外を設けてまで海外の選手、関係者を入国させ危険な新型ウイルスの感染リスクに国民をさらすほどの意味はあったのでしょうか。
当時の菅首相の「コロナ危機は国際社会の連帯の必要性を想起させた。わが国は多国間主義を重視しながら『団結した世界』の実現を目指し、ポストコロナの秩序作りを主導したい。今年の夏、世界の団結の象徴となる東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する」という意義とコロナ感染の比較衡量に納得した国民は多くはありませんでした。
今回は、国際部員の観点から、本当に開催辞退することが出来たのか、開催と中止を日本が自由に選択可能だったのか、について国際契約を吟味してみたいと思います。
Ⅱ.東京2020オリンピック都市契約書をレビューする
先ずは、契約書、契約当事者を整理します。
1.契約書名;Tokyo2020 開催都市契約書
2.契約当事者;契約当時の団体、署名者
①JOC(国際オリンピック委員会、ジャック・ロゲ)
②東京都(開催都市、猪瀬直樹)
③NOC(日本オリンピック委員会、竹田恆和)
④OCOG(オリンピック組織委員会、森喜朗)
次に主な契約内容および問題点(⇒)を抽出します。
1.準拠法;スイス法とする。
2.裁判管轄;仲裁機関であるスポーツ仲裁裁判所を最終の仲裁機関とする。
⇒スポーツ仲裁裁判所は、IOCと同じスイスのローザンヌにあるスポーツ専門の仲裁機関であり、紛争解決はこの仲裁機関の決定を最終判断として当時者は受け入れる。
日本の裁判所への訴訟は許されない(妨訴抗弁)。
3.優先言語;IOCの公用語である、英語とフランス語が優先する。
⇒契約内容の解釈に齟齬がある場合には、英語版契約が優先する。
4.不可抗力条項が無い;天災地変、戦争、革命、反乱、暴動、疫病、ストライキ等を理由にする債務不履行責任免除、損害賠償責任免除、契約解除は認められない。
⇒疫病・感染症(コロナCOVID-19)を理由とした契約解除、開催中止は認められない。
5.契約の解除;IOCのみが、一定条件のもとに契約解除できる権利を有する。
⇒日本側(東京都、NOC、OCOG)には、契約の解除を定めた条項は無い。IOCが契約解除できる条文があるので、反対解釈で日本側には解除権利が無いと判断される。
さあ、国際派診断士の皆さまとしては、どのよう様に判断されますか?
法律専門家や学者の中には、「契約書は英米法と違って大陸法なので、不可抗力は当然の権利として認められる」「明示的な契約解除権排除条項が無い以上、日本側の契約解除権は黙示的に留保されている」といった意見がある事もご紹介しておきます。
Ⅲ.国際契約書での留意ポイント
我々診断士業務では、中小企業の海外展開を支援する場面で、輸入でも輸出でも直接投資でも業務提携でも必ず契約書が必要になります。相手方も自己に有利な内容を求めてきますので、日本法、東京地方裁判所、日本語が優先といった条件を飲ませるのは難しいです。
しかし、最低でも「双方向の権利、義務」にする契約交渉は助言すべきと考えています。
主な留意、主張ポイント(⇒)を以下に4つ挙げます。
1.準拠法は、業務執行で最も関係が深い国の法律とする。
⇒主に日本で製造したり、販売したりするなら日本法を優先とします。
2.裁判管轄は、被告地の裁判所とする。
⇒相手方が、日本の企業を訴えるなら東京地方裁判所を専属的合意管轄裁判所と指定します。
3.仲裁機関、言語は、中立的な国の機関、言語とする。
⇒裁判制度ではなく迅速、安価な仲裁機関を紛争解決の最終決定機関とするなら、相手国の仲裁機関ではなく中立的な第三国の仲裁機関とします。例えば中国の企業が相手方の場合は、シンガポールの仲裁機関を指定する。同じ理由で言語も英語とします。
4.契約条項は、双方向を基本とする。
⇒互いに自己の有利な条文を要求する場合は、「相互の権利、義務」とします。守秘義務、知的財産権、不可抗力適用、通知義務、そして契約解除権は、双方が行使できる様にしておきます。
Ⅳ.さいごに
契約書は、「転ばぬ先の杖」です。問題や紛争が発生した時の当方主張の拠り所となり、相手方の不合理な要求の抑止力となります。今回の東京2020オリンピック開催都市契約書のレビューが少しでも、今後の国際派診断士業務にお役に立てれば幸いです。
私のTokyo2020オリンピックボランティアは、大磯プリンスホテルの「バブル」の中での海外アスリートのアテンド支援でした。甘く、そして苦い思い出として終了しました。
■向井 実(むかい みのる)
中央支部 国際部 部員 ビジネス英語研究会 会員
東京都協会 ワールドビジネス研究会(WBS)会員
研修事業分科会『中小企業海外展開支援講座』(WBM)会員