専門家コラム「『幸せな会社』ウェルビーイング経営とは」(2022年9月)
「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉をご存知でしょうか?
昨年の2021年からブームになりつつある「ウェルビーイング」ですが、2022年4月に行われた意識調査(※1)では、経営者の7割以上が「ウェルビーイングの重要性」を実感しているとの結果も出ており、経営への重要性の認識が浸透してきています。
※1:「経営者の『ウェルビーイング』に対する意識調査」 株式会社UPDATER
https://minnaair.com/blog/4201/
1.ウェルビーイングとは
では、改めて、「ウェルビーイング」とは何でしょうか。
日本におけるウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司教授は著書の中で、下記のように定義をしています。
図表1 ウェルビーイングとは何か
出典:「ウェルビーイング」前野隆司、前野マドカ 日経文庫
「ウェルビーイング」という言葉自体は、1946年に設立された世界保健機関(WHO)の憲章において、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます(日本WHO協会訳)」と表記されたのが始まりと言われます。
一方で、SDGsの目標3として「Good Health and Well-Being(すべての人に健康と福祉を)」があります。こちらでは、「福祉」と訳されています。
このように、単純な英訳としては捉え方の幅が広い状態になっていますが、近年経営に取り入れようと盛り上がっている「ウェルビーイング」は、「健康」「幸せ」「福祉」を包含した概念になります。
2.中小企業経営とウェルビーイング
「ダイバーシティ、働き方改革、健康経営ときて、今度はウェルビーイング?」「大きい企業が取り組み始めているような話は聞くけど、中小企業に関係あるの?」そう思われる経営者の方もおられると思います。
しかし、前述の前野隆司教授は著書で、ウェルビーイング優良企業の事例として中小企業3社(※2)挙げています。さらに、「よく『大企業で幸せな会社は?』と聞かれますがこの3社のように幸せな大企業は見たことがありません」とコメントしています。
※2:著作『ウェルビーイング』の中で、伊那食品工業、ネッツトヨタ南国、西精工の3社が紹介されています。
つまり、ウェルビーイング経営は、実は中小企業こそ実現可能性が高く、むしろ中小企業だからこそ取り入れるべき考え方と言えるのです。
3.なぜ今、ウェルビーイング経営なのか
では、なぜ今のタイミングでウェルビーイング経営が注目されることになったのでしょうか。
簡単に言ってしまうと、働き方改革や健康経営を補完する上位概念のような位置づけと考えるとわかりやすいのではないかと思います。
働き方改革により長時間労働が是正された企業の場合、従業員にとっては「家庭や余暇の時間が増えて良かった」という効果もありますが、一方で、「残業が減ったことで収入が減ってしまった」、「業務時間中に余裕がなくなり雑談もできず同僚との関係性が深まらない」、「新しいことに挑戦する余裕がなく作業に追われて成長実感がない」、といったマイナス面も顕在化しつつあります。
つまり、働き方改革や健康経営自体は否定するものではないのですが、それだけでは従業員が「良好な状態にある」とは言えず、ビジョンとしてウェルビーイングの考え方を取り入れて活動していく必要がある、ということになります。
4.ウェルビーイングを高める5つの要素
では何を目標にどのように取り組めばよいのでしょうか。アメリカの調査会社であるギャラップは、長年の調査結果から『職場のウェルビーイングを高める5つの要素』を提唱しています。
① キャリア・ウェルビーイング
従業員が、「自分でこのキャリアと仕事を選んでいる」という自己選択と納得感があり、自分の強みが理解され、戦略的に能力開発を行える環境にある状態を指します。
重要なことは、マネージャーらがコーチとして一緒に目標設定を行い、都度コミュニケーションを取りながら、その目標に対する行動に関して対話を続けることです。理想としては、キャリア開発目標だけでなく、人生やウェルビーイングについて話あえる関係性が築けることが望まれます。
② 人間関係ウェルビーイング
人は本質的に、親しい人のためには、色々なことをしてあげたくなります。つまり、仕事上の間柄でも親しい関係になる方が、組織としての生産性は上がるのです。信頼関係は、直接話すことで、より深まります。
従業員と話をして、よく相手を理解する。仕事を通じてお互いに知り合う機会を定期的に設ける。互いをサポートする仕組み、感謝を伝える文化づくり、が必要になります。
③ 経済的ウェルビーイング
経済的に満足できている状態を指しますが、給与を上げるという単純な話だけでなく、福利厚生を高めることも要素となります。たとえば、休暇の取りやすさ、フレックスタイム制、能力開発の機会など、いわゆる「働き方改革」として実施するような内容も含まれます。
④ 身体的ウェルビーイング
これはまさに身体的、精神的に健康な状態であるか、という要素です。「健康経営」そのものの内容です。
⑤ コミュニティ・ウェルビーイング
地域社会とかかわりを持ち、住んでいる地域に根差していると感じられるかという要素です。こう言われると各従業員のプライベートでの地域コミュニティを想像しますが、会社でも地域のコミュニティや奉仕活動に積極的に参加し、地域の人たちと交流し感謝される機会を設けることも可能だと考えます。
これら5つの要素のうち、最も重要で他の4つの基盤となるのが「キャリア・ウェルビーイング」である、とされています。しかし、中小企業ですと仕事の選択肢も限定される面があり、本人の希望に応えていくことが難しいかもしれません。そうであっても、まずは対話しつづけることが重要です。②の人間関係ウェルビーイングでも書いたように、お互いを理解することから始める必要があるのです。
ウェルビーイングというのは、なんだかぼんやりとした概念で難しいな、という印象を抱かれたかもしれませんが、まずは従業員との対話、従業員同士の対話の機会を増やしていくところから始めてみませんか。少しずつでも従業員の笑顔が増えていけば、それだけでも十分な成果になります。
参考文献
前野隆司、前野マドカ 「ウェルビーイング」 日経文庫 2022
ジム・クリフトン、ジム・ハーター 「職場のウェルビーイングを高める」 日本経済新聞出版 2022
■ 略歴
徳田 友美
中小企業診断士、ITストラテジスト
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員/広報部副部長