専門家コラム「生産材と消費財(耐久消費財)の違いから見るフレームワークの活用」(2022年4月)
中小企業、特にモノ作りを生業としている中小企業中で、自社で製品を企画・生産・販売まで一貫した体制でモノ作りを行なっている会社は、多くはないのではないでしょうか。多かれ少なかれ納入先があり、その納入先からの仕様や要望に基づき、モノ作りを行なっている場合が多いのではないでしょうか。納入先から仕様や要望等はあるものの、最終製品がどんな形で市場に展開されているのか、最終製品の形は知っていても、その最終製品を生産・販売する会社の状況は、その事業の経験や知見がないと、なかなか把握することはできないものです。
そこで、産業材と消費財、ここでは特に耐久消費財を取り上げ、サンプル提供時の違い、マーケティングで良く使われるフレームワークの利用方法の違いについてその1例を紹介します。納入先の立場を理解した各種フレームワークの取捨選択と活用の参考になれば幸いです。
生産材は産業材とも言われ、さらに加工したり、ある業務を行なったりするために使用する目的で購買する製品です。ここでは簡単に工作機械などの設備をイメージしてください。
一方消費財は、最終消費者みずからの消費のために購買する製品です。同様にここでは家電製品などの製品、耐久消費財をイメージしてください。
生産材はBtoBなど企業間の取引が一般的で、その一方で消費財はBtoCと企業から最終消費者との取引が一般的です。
では、これらの材にどのような違いがあるのでしょうか。
1つ目の例として、新製品を開発し顧客に初めて公開する場合の違いについて紹介します。
初めて顧客に製品を紹介する場合、サンプルを提供しそのサンプルの性能や品質について評価して頂くことが多いかと思います。
消費財の場合、サンプルの提供時はまだ品質にばらつき等があり、なかなかチャンピオンデータ(性能や品質測定データが最良)を持ったサンプルを提供することが難しいと思います。でもその中で、できる限りのチャンピオンデータを持ったサンプルを提供し、良い評価を期待します。
一方生産材は消費財と同じようなチャンピオンデータを持ったサンプルを提供することが最良の方法でしょうか。全ての産業材が当てはまるとは言えませんが、必ずしもそうでない場合があります。もし提供したサンプルの性能や品質が最高だった場合、その後に納入する製品についても、顧客は同等の性能を求めるのは当然でする。となると、その後に納入する製品の性能の検査の閾値も高くなり、納入する側としては厳しい精度が課されてしまいます。逆に、顧客に提供したサンプルが、チャンピオンデータを持った製品ではないが、顧客が要求する性能を最低限満たしている場合はどうでしょうか。その後に納入する製品の閾値は、チャンピオンデータを持ったサンプルの閾値と比較して許容範囲が広くなり、その後の納入も計画通りの仕様で受領されるようになります。
消費財の場合、チャンピオンデータのサンプルを見て購入した場合、購入した製品も同程度の性能を持つと製品のばらつきを暗黙的に許容してもらえる場合が多いですが、生産材の場合、サンプルの性能の数値以下は不合格となってしまいます。ばらつきがマイナス方向でも許容範囲に収まっていれば、目的を達成するに違いがないものの、材の違いによってばらつきのマイナス方向の許容範囲について認識の違いがあります。
誤解がないように述べますが、マイナスの許容範囲を広げるため生産材の場合はチャンピオンデータのサンプルでないサンプルを提供するように努力せよというのでありません。あくまで許容範囲内で製品を購入して頂くための対応であることをご理解願います。その点は特に注意願います。
2つ目に紹介するのが、マーケティングで良く使われるフレームワークの利用方法の違いです。1つの例として、マーケティングの教科書に必ず出てくる、フィリップ・コトラーの競争地位別戦略があります。リーダー、チャレンジャー、フォロアー、ニッチャーの市場の地位ごとに取る戦略が異なるというものです。中小企業の場合、ニッチャー戦略を取り、価格競争などに巻き込まれないよう、あるニッチな市場のニーズに特化し、そのニッチな市場でリーダになることが重要です。一方リーダーは、全方位戦略を取ります。例えば、競合相手が新たに販売した場合、同じような製品を後続販売すること等で、自身の製品の新たな用途増やし総市場の拡大を目指します。
この全方位戦略、生産材の世界でも可能でしょうか。すべての生産材がそうでないとは言いませんが、生産材特に設備等については当てはまらない場合があります。モノを作りに使用する設備等は、技術的に最先端な性能を持つ設備への需要が高いです。設備の性能が他の設備より優れ良い場合に、購買者はその設備を購入します。All or Nothingとも言われる部分です。顧客が一番期待する性能で飛び抜けていれば、全てが変わることがあります。つまり全方位戦略が必ずしも当たらない場合があります。日本の半導体産業の一部がその例です。一時期世界を席巻する規模でしたが、今は当時の勢いは、残念ながらあるとは言い難いです。
このように生産材と消費財の違いについて、購買行動が異なるなど教科書的な側面も重要である反面、実際のビジネスの中で活用する場合、教科書のニュアンスとは異なる場合が出てくるかと思います。今回紹介した2つの例の他にも、知的財産権に対する考え方の違いやHP等で提供する情報の違いなど、数多くの違いがあります。
経営者の方々は、事業活動を通じてこのニュアンスの違いを一番感じ理解され知見を持っている方々です。このニュアンスの違いの知見を活用して、各種フレームワークを取捨選択し活用することが、実際の事業展開では重要な視点になるのではないでしょうか。
参考文献(引用元含む)
マーケティング原理(第9版)
フィリップ・コトラー+ゲイリー・アームストロング著 和田充夫監訳
ダイヤモンド社
【略歴】
鈴木 克実
大手精密機器メーカーにて、ISO9001認証取得などの品質管理や品質システムの構築、事業部の事業企画、画像編集ソフトのマーケティング、米国ベンチャー企業への出資および経営管理、社内ベンチャーでの提案などプロダクトマネジャーとして新事業の立ち上げ等に従事した。2018年4月独立。現在主にスタートアップ企業の支援や融資あっせん等の支援を行っている。