土田 健治

 経営の現状を的確におさえ、それをふまえて今後の経営を考えていこうとする際に、よく用いられる手法がSWOT分析とクロスSWOTです。中小企業診断士にとっては、定番ともいえる手法ですので、これまで中小企業診断士の支援を受けられた企業では、おなじみかもしれません。もちろん、経営者がみずからこの手法を使って、自社の経営を考察する場合もあるでしょう。
 では、この定番ともいえるSWOT分析とクロスSWOTを効果的に活用していくには、どのような留意事項があるでしょうか。誤った使い方や、あまり効果的ではない使い方には、どのようなものがあるでしょうか。

■SWOT分析とクロスSWOT
 簡単におさらいです。ここは読み飛ばされても結構です。
 SWOT分析とは、企業の戦略(経営レベルの大づかみな方針)を検討していくにあたり、その前提として企業の内外の環境を分析するためのフレームワーク(思考の枠組み)です。SWOT分析では、企業の内部環境(内部資源)の要素のうち、経営に大きな影響を与えるものを、「強み(Strengths)」と「弱み(Weaknesses)」の観点から抽出します。また、企業の外部環境の要素のうち、経営に大きな影響を与えるものを、「機会(Opportunities)」と「脅威(Threats)」の観点から抽出します。4つの観点の頭文字を並べてSWOT分析と呼ばれます。
 次にクロスSWOTですが、これは、企業の戦略を考案していくためのフレームワークです。SWOT分析によって、抽出された強み、弱み、機会、脅威の要素をもとに、それらを、強みと機会、強みと脅威、弱みと機会、弱みと脅威の組み合わせで考える中から、とるべき戦略のヒントを得ようとするものです。SWOT分析の成果を用い、内部環境と外部環境の要素を組み合わせて(=クロスさせて)考案するフレームワークであるため、クロスSWOTと呼ばれます。

■何をするために使うフレームワークなのか
 先にのべたように、SWOT分析は、企業の戦略を検討していくにあたり、その前提として企業の内外の環境を分析するために用いますし、クロスSWOTは、企業の戦略を考案するために用います。言い換えれば、SWOT分析は、企業の内外環境という対象を認識するためのフレームワークですし、クロスSWOTは、戦略という企業実践の指針にかかわる検討のためのフレームワークです。
 対象認識と実践の指針は、相互媒介的に深められていく関係にありますが、それぞれは異なる次元の話ですから、これを混同してしまうと、検討が的確に深まりません。対象認識(=内外環境分析)を検討するプロセスで、不用意に実践の指針(=戦略)にかかわる検討要素を持ち込んでしまうと、対象認識(=内外環境分析)を検討しているのか実践の指針(=戦略)を検討しているのか、はっきりしなくなり、結果的に対象認識(=内外環境分析)の検討が不徹底となってしまいます。実践の指針(=戦略)の検討プロセスにおいてもまた同様のことがいえます。
 SWOT分析とクロスSWOTというふたつのフレームワークの目的の違いを意識して、SWOT分析では対象認識(=内外環境の分析)をいかに的確に進めるかに留意し、クロスSWOTでは、実践の指針(=戦略)の検討をいかに的確に進めるかに留意することが重要です。
 (クロスSWOTは、対象の認識=分析のためフレームワークではなく、戦略の検討=考案のためのフレームワークです。したがって、クロスSWOT分析と呼ぶのは適切ではありません。)

■SWOT分析ではファクトが大事
 では、SWOT分析によって、対象認識(=内外環境の分析)を的確に進める上で、留意すべき点は何でしょうか。
 それは、強み、弱み、機会、脅威として抽出したものの、その具体的な裏付け事実(ファクト)をきちんと押さえた上で吟味するということです。内外環境という現状の分析をやろうとしているわけですから、客観的な事実にもとづかないものは、単なる思い込みである可能性があり、必要に応じて排除されなければなりません。
 複数のメンバでブレーンストーミングの手法(思いついたことを次々と上げていく手法)でSWOT分析を行うことがありますが、この場合、ブレーンストーミングの段階ではファクトまでは上げられません。ただし、ひととおりの抽出が終わった後で、抽出されたSWOTの各要素が、どのような具体的事実にもとづくものなのかの洗い出しと吟味は不可欠です。

■クロスになっているか
 では、クロスSWOTによって、実践の指針(=戦略)の検討を的確に進める上で、留意すべき点は何でしょうか。
 それは、クロスにふまえた実践の指針になっているか、ということです。言い方をかえれば、クロスSWOTのアウトプットは、「内部環境(※1)にどう対応し」、「外部環境(※2)にどう対応し」、「何をどうするのか」という3つの要素が求められるということです。
 ※1 強みと弱みのどちらかとなります。
 ※2 機会と脅威のどちらかとなります。

 クロスSWOTは、実践の指針(=戦略)を検討する際のフレームワークですから、アウトプットに「何をどうするのか」という実践の指針部分が欠かせません。また、クロスさせた内外環境をふまえて戦略を考案するというのが、クロスSWOTのクロスたる所以ですから、「内部環境にどう対応し(※3)」、「外部環境にどう対応し(※3)」という要素も不可欠だということです。
 ※3 「どう対応し」の部分は、
     ・~の強みを活かして
     ・~の弱みを克服して
     ・~の機会をものにするために
     ・~の脅威を避けるために
などとなったりします。ただし、対応のしかたは多様ですので、紋切り型の思考にならないよう、柔軟に考えることが重要です。 
 クロスSWOTを複数のメンバによるブレーンストーミングで行うこともありますが、この場合、クロスの部分に、キーワードレベルを挙げていくことが多くなります。ただし、それにとどまっていては、戦略の検討としては、はなはだ不十分です。
 クロスSWOTのアウトプットは、丁寧に記述するならば、上記の3つの要素からなる文章として展開されるべきものと考える必要があります。

 なお、クロスSWOTのベースとなるSWOT分析においては、強み、弱み、機会、脅威のそれぞれに複数の要素が抽出されるのが一般的ですので、クロスSWOTにおいては、複数ある要素のどれとどれを組み合わせて考えたものなのかを明らかにすることが不可欠です。
 たとえば、
<SWOT分析のアウトプット>が
    〇強み
     ・強み①
     ・強み②
     ・強み③
    〇機会
     ・機会①
     ・機会②
     ・機会③
というものであった場合、
<クロスSWOTのアウトプット>は、
 ・「『強み②』の強みをこのように活かし」、「『機会③』の機会をこのようにものにしていくために」、「これを、このようにしていく」、
という論旨が求められるということです。
 実践の指針案(=戦略案)に相当するものが、どのような内部環境にどのように対応しようとし、どのような外部環境にどのように対応しようとしたものかが明らかになっていないアウトプットが散見されます。これでは、その戦略案の妥当性の検証がままならず、的確な戦略案の検討につながりません。

■いくつものことは追いかけきれない
 中小企業、とりわけ小規模事業者の場合、みずからの保有する内部資源には限りがあるため、いくつものことには取り組めません。SWOT分析においても、クロスSWOTにおいても、その検討プロセスの前半においては、見落としがないよう、複数のアウトプットを出していくべきですが、その検討プロセスの後半においては、自社にとって、どれが重要かという観点からの絞り込みが必要です。SWOT分析においては、強み、弱み、機会、脅威のそれぞれにおいて、重要度に応じて、3つから5つ程度に絞り込むべきでしょう。
 クロスSWOTにおいては、強みと機会、強みと脅威、弱みと機会、弱みと脅威の4つのクロスのさせ方があり、それぞれのクロスのさせ方において、複数の実践の指針案(=戦略案)が考えられるわけですが、この中から、重要度に応じて、1つないし2つ程度に絞り込んでいくべきでしょう。
 とりわけクロスSWOTのアウトプットは、今後の戦略案であるわけですから、「SWOTをクロスさせてみると、ひとまずこのようなアウトプットが導き出された」という単なる形式的なアウトプットではなく、「これでやっていける」「これしかない」と、経営者にとって腹に落ちたものでなければなりません。

■手法のひとつに過ぎない
 SWOT分析もクロスSWOTも、それぞれ、企業の内外環境分析、企業の戦略検討の、ひとつのフレームワークにすぎません。SWOT分析は、使いやすいフレームワークである反面、強み、弱み、機会、脅威という特徴的な着眼点によるものであるため、その特徴にあてはまらない事実についてはとらえにくく、基準のとり方によっては、分析にブレが出やすいという弱点も合わせもっています。
 いずれにしても、フレームワークはあくまでもフレームワークにすぎませんので、その手法の適用が重要なのではなく、いかに的確に現状を認識し、それをふまえて、いかに的確に今後の企業実践の指針を考えていくかが重要だということを最後に確認しておきたいと思います。

■土田 健治(つちだ けんじ)
土田経営コンサルティング事務所代表
中小企業診断士・ITコーディネータ
一般社団法人東京都中小企業診断士協会認定支援機関事務局
一般社団法人東京都中小企業診断士協会中央支部総務部長
一般社団法人東京都中小企業診断士協会認定「知的資産経営研究会」副代表
知的資産経営学会正会員
著書に「知的資産経営が中小企業を強くする」(静岡学術出版/共著)、「知的資産経営支援マニュアル」(平成23年度中小企業診断協会本部調査研究事業/主任研究員)など
tsuchida@sunny.ocn.ne.jp
連絡先電話:090-9156-0310