業種別業界別トピックス「第4次産業革命は中小企業の強みを生かす好機」(2015年6月)
製造業は日本の産業の重要な位置づけを占める
各国で経済の重要な位置を占める製造業の比率が減少している現状を踏まえ、先進分野の先行的な開発や新しいビジネスモデルの創出の位置づけにより、「次世代型製造業」への転換に向けて各国が取り組みを強化している。このなかで、ドイツが力を入れている政策が「インダストリー4.0」、「第4次産業革命」である。
日本における製造業の位置付け
日本の製造業が国内総生産(GDP)に占める割合は2013年に18.8%である。製造業は他産業への波及効果が大きい。製造業が盛んである地域は、県民所得水準も高く、地方における雇用と所得向上において重要な役割を果たしている。
各国の製造業比率
他国と比較すると、米国(12.1%)、英国(9.7%)、フランス(11.3%)よりも高いが、中国(29.9%)、韓国(31.1%)、ドイツ(22.2%)より低く、2000年代を通じて漸減している。ドイツ、韓国以外各国ともに減少傾向にあるが、英国、フランスの減少幅が大きい【表1】。
また日本の就業者に占める製造業の割合は2012年時点で16.9%である。
【表1】GDPに占める製造業比率の主要国比較
(平成26年度ものづくり基盤技術の振興施策より)
主要国の動向
主要国の動向① ドイツ
ドイツの製造業政策
ドイツでは、メルケル首相が主導する産学官協働の情報化戦略が動き出している。2013年に「インダストリー4.0プラットフォーム」が、機械・電気電子・情報通信の3つの工業会(BITKOM,VDMA,ZVEI)が運営する事務局のもとで始動した。3つの工業会に属している企業数は合計で約5000社であり、ドイツの製造業のほぼ全体を網羅している。
図1に示されているように、第4次産業革命を次のように位置付けている。
第1次産業革命(18~19世紀) 水力や蒸気機関による工場の機械化
第2次産業革命(19世紀後半) 電力の活用 による大量生産
第3次産業革命(20世紀後半) PLCによる生産工程の自動化
第4次産業革命(21世紀) サイバーフィジカルシステム(CPS)の活用による「スマート工場」の実現
【図1】第4次産業革命 (2011年 DFKIより)
学術分野では、センシングや人工知能、オートメーション化などの研究開発プロジェクトが進んでいる。その一つのクラスターである「It’s OWL (Intelligent Technical Systems OstWestfalenLippe)」では、600億円の出資金により170以上の企業・団体で、自分で考える「スマート工場」の実現に取り組んでいる。そのためにバーチャルな情報とセンサーネットワークにより現実世界を結び付け、自律的に動作していくインテリジェントな基盤である「サイバーフィジカルシステム (CPS)」のモデル化を進めている。目指す方向のひとつは、エコシステムを通じた、「マスカスタマイゼーション」により個別の顧客の求めるオーダーメイドのものを量産と同じコストで個別対応できるシステムの実現である。
主要国の動向② アメリカ
伝統的な製造業であるGE、老舗のIT企業である、IBMやマイクロソフト、シスコ、インテルそして近年のインターネット革命を主導するGoogle, Amazon, FacebookなどIT産業のけん引役であるアメリカでは個別企業の戦略を中心に、標準化のエコシステムを形成しながら産業用のインターネットへの取り組みが始まっている。
GEの戦略
従業員数30万人の製造業であるが、ソフトウエアに1200億円投資をし、製造業のプラットフォームを構築するために次の3つの戦略により自分自身の事業を大きく変革しようとしている。
(1)センサー技術を駆使した解析による、インダストリアル・インターネット
(2)3Dプリンターを活用する、アドバンスト・マニュファクチャリング
(3)シリコンバレー流の速度重視の開発手法を取り入れた、ファストワークス
既に実現された事例としては、航空機用エンジンにおいて、データ解析により燃料費を大幅に削減させるサービス事業がある。これは、航空機に取り付けられた数百個のセンサーから、エンジンの稼働状況、温度、燃料消費量などの多様なデータを収集し、ソフトウエアで解析してより効率的な飛行計画を提案するという事業である。これにより、イタリアのアリタリア航空では、年間15億円の燃料費を削減している。
Industrial Internet Consortium(IIC)
2014年3月に設立されたインダストリアル・インターネット・コンソーシアムでは、GE, AT&T、Cisco Systems、Intel、IBMの設立時5社の米国企業に加え、マイクロソフト、HP、シマンテック、ペンシルバニア大学、スイスのABB,ドイツのSAP、日本の富士通、トヨタ、日立、日本電気など世界中から約200社が参加し、プラットフォーム(図2)の標準化を検討している。
【図2】インダストリアル・インターネットのブループリント(IICホームページより)
主要国の動向③ インド
IoT (Internet of Things) は、元々、IT業界が強いインドにおいても当然話題の分野であり、インド政府は2020年までに約2兆円の産業に育成するための支援をしている。このインドのIoT分野では「靴」が注目を集めており、数社のスタートアップ企業が誕生している。ReTiSense社は、2014年創業のバンガロールにある、センサー付インソール(中敷き)開発企業である。創業者はインテルの半導体ソフトの技術者で、熱心なランナーでもあった。いつしか足に問題を抱えるようになり、インソールにセンサーをつけて足や膝にかかる圧力を計測し、スマートフォンを使ってそのデータを解析し、正しい走り方をアドバイスしたり、フィットネスコーチが蓄積されたデータをネット経由で分析してアドバイスを提供したりすることを考えた。ReTiSense社の中敷き「Stridalyzer」(図3)はまもなく市場に出荷が始まる。
【図3】ReTiSense社の中敷き「Stridalyzer」(ReTiSense社ホームページより)
主要国の動向④ 中国
中国国務院は2015年5月19日、「中国製造2025」(中国製造業10ヵ年計画)戦略を正式発表した(図4)。インドやベトナムなど中国より後発の新興国が台頭し、中国の輸出産業である工場が、賃金の低い国々へと流出するのは避けられない。
中国汽車報の李慶・社長は、自動車産業が今後進むべき方向性は「変革」であると言う。「デジタル化、ネットワーク化、スマート化」などの変革モデルが「機械化、オートメーション化、情報化」といったこれまでのゆるやかな進化に取って代わるべきだとの意見を持っている。「次のステップとして自動車産業の前に置かれている課題は、スマート技術のイノベーションである。この点が過去30年の生産調整を軸とする改革とは明確に異なるポイントだ」と発言している。
【図4】中国製造2025のロゴ(中国制造(簡略体)2025ホームページより)
技術のキーワード
技術の キーワード① IoT (Internet of things) もののインターネット
パソコンやスマホのインターネット接続が普通となった。次の革新の分野として期待されているのは、車・家電・日用品・工作機械・エンジンなど全ての”モノ”がインターネットにつながり、その”モノ”同士が通信をして新しい価値を生み出す領域である。これがInternet of Things (IoT)といわれ、冷蔵庫がインターネットにつながり卵がいつなくなりそうかを教えてくれ、場合によっては自動発注までこなすといったものから、全ての車がインターネットにつながりそれぞれの車から送信される膨大なデータを使って渋滞状況や天気・道路の路面状況などを分析して情報提供するなどの例があげられる。
技術のキーワード② ビッグデータ
(1)「ビッグデータ」とは一般に「事業に役立つ知見を導出するためのデータ」とされている(総務省)が、解釈が分かれないようなはっきりとした定義はない。
(2)ITが多くの産業に広く浸透すると、広義のIT産業(=IT融合新産業)の裾野が拡がり、そこから発生 するデータも膨大になる。
(3)センサー技術、通信技術等の発達によって、ITがあらゆる産業分野へ浸透し、過去からの累積量を超える膨大なデータを毎年新たに発生させている。
技術のキーワード③ 人工知能
(1)「ディープラーニング(注)」などに代表される、「機械学習」を応用した、自ら学習する人 工知能が登場。
(2)「ルール」でなく、事例(データ) を教材として、自ら学習し、「パターンの抽象化・ 抽出」をしていく。
(3) 人間が教えなくても、新たな知識を 身につけていく。
(注)ディープラーニング:機械学習の一種で、ニューラルネットを何層も重ねたものを用いてクラス分類や回帰を行うための手法。人間が人を識別する時の脳におけるパターン認識と似ている。図5に示されているclarifai のホームページで画像認識におけるディープラーニング技術が体験できる。clarifaiは米国ニューヨークの人工知能スタートアップ企業である。
【図5】ディープラーニングを体験できるサイト ( http://www.clarifai.com/#demo )
日本の中小企業の強みを生かす好機
2015年は変革への始動の年である。IoT によって製造業が大きく変化し、競争のルールが変わる という状況認識の下、日本政府は、2015年1月29日決定の 「成長戦略進化のための今後の検討方針」で「ビッグデータ・人工知能・IoT 等による産業構造の変革」を位置づけた。 また、2015年6月18日には、日本機械学会生産システム部門の「つながる工場」分科会が母体となり、「Industrial Value Chain Initiative (IVI)」の設立記念大会が実施され、いよいよ日本でも世界と同様の標準化の動きが始まろうとしている。
中堅・中小企業は、地方における雇用の受け皿であり、地域に根付いたビジネスを行うなど、地域経済において重要な役割を担っている。今後は多くの企業がグローバルニッチ分野のトップ企業に成長し、海外市場において高い利益を上げていくことが期待されている。中小企業には機敏性という特性がある。今後数年、十数年の日本や世界のエコシステム同士の競争動向から目を離さず、自社の事業と関連する業界や企業の最新情報を、慎重に分析する必要がある。そのうえで、ITとの関連で自社の強みを生かせる機会をとらえて、グローバル市場をすばやく開拓する契機として頂きたい。
■城ヶ﨑 寛
中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員