グローバル・ウインド ガーナの概要と業務に関連した印象(2015年2月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
ガーナの概要と業務に関連した印象
1 はじめに
JICAの技術プロジェクト(技プロ)である「ガーナ国小零細企業向けBDS強化による品質・生産性向上プロジェクト」(注:BDS= Business Development Service) に品質・生産性向上担当専門家として参加した。
プロジェクト期間は2012年4月から2015年3月なので、ほぼ完了し当初のプロジェクト目標を達成することができた。プロジェクト完了にあたって、ガーナおよびプロジェクトに関連した感想を述べたい。
2 ガーナの概要
①場所と大きさ
添付の地図にあるように、アフリカの西側の海岸沿いにある。面積は日本の約3分の2で、決して大きな国でない。
②人口:約2500万人で人口密度はそれほど高くない。
③首都:首都はアクラで人口は約230万人である。今回のプロジェクトではガーナ第2の都市であるクマシ(人口約200万人)を中心にその周辺の小都市で活動を行った。
④カカオ豆とチョコレート
ガーナというとほとんどの日本人は、チョコレートを思い浮かべる。
日本に輸入されるカカオ豆の約7割がガーナから輸入されるため、伝統的なブランドの「ガーナチョコレート」が有名になった。
しかしカカオの生産量自体は、コートジボワール、インドネシアに続いて世界第3位なので、特別にカカオ豆の生産量が多いわけではない。
⑤宗教
ガーナはイスラム教徒が約15%で、他のほとんどはキリスト教徒である。ガーナで特徴的なのは、キリスト教徒とイスラム教徒間の対立がほぼ皆無で、両者が非常に友好的な関係を保っていることである。したがって、戦争やテロも皆無で、非常に安全で住みやすい国であると言える。昼間であれば、日本人が街中を1人で歩き回っても全く問題はない。
⑥言語
ガーナはインドなどと同じくイギリスの植民地であったため、高等教育はほぼ英語で行われている。公用語は当然英語である。したがって、JICA専門家が一緒に仕事をするような大卒スタッフは極めて英語力が高い。
ただし、ガーナ英語はイギリス英語を基礎として発音がローカル語の影響を受けているため、非常に聞きとりにくい。シンガポール英語やインド英語も発音に独特の個性があるため、日本人には聞き取りにくいと言われるが、ガーナ英語はシンガポール英語やインド英語よりも更に聞き取りにくいと感じられた。最初にガーナに出張してガーナ英語を聞いた時は、英語とローカル語の中間の発音のように感じられて非常に苦労した。3年間のプロジェクトを経験して、最初の出張時よりは少しはガーナ英語が聞き取れるようになったが、それでもまだまだ苦労している。
ガーナのローカル語に関してはさまざまな説があるが、一般的には50種類以上あると言われている。江戸時代の日本で藩が異なると言葉が通じなかった状況と同じような状況であるといえる。工場の作業者の中には教育をあまり受けておらず、英語ができない人も多い。このような人は出身地域から離れた時に相当不便な経験をしていると思われる。
ガーナの地図
3 プロジェクト業務に関連した印象
①ガーナの工場の特徴
今回のプロジェクトでアフリカに初めて行ったので、驚いた事が多かった。
中でも最も驚いたのが、小規模零細企業では、壁がなく屋根だけの工場が多いということだった。小規模の木工企業では壁がないのが標準と言っても良い。治安が良く、機械や材料を盗む人がほとんどいないということと、一年中30°C程度の気温のため、壁がない工場が一般的になったと思われる。
壁がない工場
②頭の上に載せての搬送
ガーナに来て驚いたもう1つのことは、重い物を頭の上に載せて運ぶ文化が一般的に行われていることであった。大人から子供まで、工場から街中まで、軽い物から重い物まで何でも頭の上に載せて運ぶ。日本人の感覚からいうと、首の骨や筋肉に悪いという印象を持つが、ガーナ人は子供の頃から慣れているのでこれが普通の搬送方法だと思っている。
いくつかの工場では業務の一環として、日本式の台車を導入して搬送効率や生産性を上げることができたが、台車が本格的に普及するのはまだまだ先だと思われる。
頭の上での搬送
③ガーナの子供たち
街中や工場で子供たちを見かけると、外国人に対して非常に愛想が良い。ガーナの人たちは欧米人もアジア人も同様にホワイトマンと呼ぶ。日本人を見ると近寄って話しかけて来ることも多い。
自分が指導する工場(レンガ製造工場)に女性作業者の子供が毎日来ており、小さな子供の子守を毎日していたので写真を撮った。
先進国の一般的な感覚からすると非常に貧しいと言えるが、全く不幸な感じはなく、むしろ幸せそうな表情をしている。裕福か貧しいかということと、幸せか不幸かということは、全く関係ないと思うような風景であった。
子守をする少女
■田島 悟(たじま さとる)
1993年中小企業診断士登録。2008年に独立後、ブレークスルー株式会社を設立し代表取締役に就任。
JICA(国際協力機構)、APO(アジア生産性機構)、HIDA(海外産業人材育成協会)等の専門家として、発展途上国での多くの研修やコンサルティングに従事している。
(連絡先)satoru.tajima@nifty.com