グローバル・ウインド オーストリア ザルツブルグ探訪記(2015年1月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
オーストリア ザルツブルグ探訪記
オーストリアを商談で訪れるチャンスがあり、ザルツブルグを訪問しました。
ザルツブルグと言えば何と言ってもモーツァルトです。
モーツアルトは1756年に誕生以来25歳までこの地に住んでいたので、音楽を愛する人々にとっていわば巡礼地で、特にザルツブルク音楽祭が開催される夏には多くの人が訪れるとのことです。
ザルツブルクは、ザルツァッハ川の西側の旧市街と、東側の旧市街とに分かれます。
旧市街でまず目をひくのが、ホーエンザルツブルク城です。これはメンヒスベルクという約50mの高さの丘陵地にあります。
この城は要塞として1077年に造られ、1500年頃に大きく拡張されました。拡張工事は最終的には1681年に竣工して今日に至っています。
兵舎や牢獄として利用されましたが、外敵に占領された事がなく、ヨーロッパ中世のものとしては完璧に保存された希な例となっています。ナポレオン戦争によるナポレオンのフランス軍の占領後の1816年からは、ザルツブルク市街とともにハプスブルク家の支配下に入りました。
2012年9月、トリップアドバイザーの企画「バケットリスト」の「世界の名城25選」に選ばれました。
旧市街にはこの他、モーツァルトの生家、ザルツブルクを支配していた大司教の住居、大聖堂、サンクト・ペーター寺院、祝祭大劇場、モーツァルトのための劇場(旧祝祭小劇場)、コンサートホール)など中世から近世の歴史を感じさせる施設が、狭い地域に多く残されています。
新市街には1606年に建てられたミラベル宮殿と庭園、1776年に創設された州立劇場、1898年建造の聖アンドレ寺院、1841年に大聖堂音楽協会として始まり、1914年に音楽院となったモーツァルテウム、(現在は国際モーツァルテウム財団の建物)などがあります。
この地域は旧市街の密集型とは異なり、比較的ゆったりとした趣があります。
旧市街とホーエンザルツブルグ城 モーツァルトも愛した
カフェ・トマセッリのオムレツ
美しいミラベル宮殿の庭
また1774年旧市街の生家から転居したモーツァルトの住居があり、その中には幼少のころから使用していた机や楽器、楽譜などの数々の品物が展示されています。
ウイーンからは特急電車で3時間半ほどかかりますが、音楽好きの方、とりわけモーツアルトのファンの方は、当時の雰囲気を満喫しながらモーツアルトの足跡をたどるという贅沢な旅いかがでしょうか。
ヨーロッパの国々を訪れるたびに思うのですが、彼らは歴史や文化を地域の宝としてしっかり保存しています。
街並を作っている建物にも、たとえば1589年だとか建設年が大きく書かれており、建物そのものも主張していますし、町の人もその歴史をよく知っており、我々旅行者にもその歴史を誇らしげに語りかけてくれます。
そしてそれらの建造物を勝手に解体しないための法律もあると聞きました。まさに官民一体で歴史と文化を守っていると思います。
我々日本人も日本全国、また地方の特徴ある歴史や文化を大事に保存し、建造物や品物だけでなく、その意味も含め、民族の歴史として後世に伝えてゆくことが大切だと改めて思いました。
モーツアルトの住居 猛練習をしたというピアノ
モーツアルトの髪の毛
■佐藤 充重(さとう みつしげ)
大手製鉄メーカーにて製鉄設備の建設に35年間携わり、台湾・スペインに長期滞在。
現在は中国・韓国・東南アジア・欧州での海外調達を担当。
(連絡先)jujusato48@room.ocn.ne.jp