専門家コラム「2025年の壁を乗り越えるDXへの第一歩」(2020年11月)
■はじめに
2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」を機に、DX(デジタルトランスフォーメーション)が日本でも一大トレンドとして世間を賑わせるようになりました。前述のDXレポートによると、DXは「新たなデジタル技術を活用して将来の成長、競争力強化のために、新たなビジネスモデルを創出・柔軟に改変すること」と定義づけられています。さらに、2020年5月19日に日本経済団体連合会(経団連)から出された提言によると上記に加え「その革新に向けて産業・組織・個人が大転換を図ること」と、個人レベルでの転換も必要であるとされています。
■2025年の壁と背景
そもそも、2025年の壁とはどのような課題なのでしょうか。
国内の企業で使用されている既存システムの多くは、事業部などの部分最適化を図るために構築されています。全社横断的なデータ活用ができないばかりか、過剰なカスタマイズによって複雑化・ブラックボックス化しており維持管理費も高額化することが見込めます。また、過剰なカスタマイズにより維持管理においてシステム固有のノウハウが必要となり、退職等で保守担当者が不在になるとサイバーセキュリティや事故・災害によるシステムトラブルのリスクは格段に高まります。ITシステムとそれを取り巻く業務全体のあり方を変えることでDXを実現してこの課題を解決しなければなりません。
DXが叫ばれるようになった背景として、日本特有のシステム構造があります。かねてより、日本では企業のシステム導入の際には企画から構築・運用保守に至るまでSIerに発注することが一般的でした。企業が必要とするIT部門をそのまま切り出して専門業者であるSIerへ委託する構造は、企業の限られたリソースを本業に費やすことができるメリットがあるものの、発注元の事業部や発注先のSIerがバラバラであり社内外に全体像を掴んでいる有識者がおらず、また独自システムであるためにシステムの統合を行うことが難しいというデメリットがあります。
諸外国を見てみると、例えば北米では企業に開発を行えるレベルのITの専門家を直接雇用し、上流工程である要件定義・設計は内製化することが一般的です。また、ITシステムによって解決したいことについては、既にあるパッケージ製品やクラウドサービスからニーズに合うものを選ぶことが多く、フルカスタマイズのITシステムを使うことはほぼありません。要件定義・設計を内製化する体制を構築していることで全体最適や業務効率化が進めやすく、パッケージ等を活用することでシステム開発費を抑えるだけでなく維持運用において他社も含めたノウハウを活用することが可能になっています。
■DXへの取り組みの現状
IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が実施した2019年度の「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた企業とIT人材の実態調査」によると、DXへの取り組みへは企業規模により格差が見られます。従業員規模が1001名以上の企業においては8割弱がDXへ取り組みを行っていると回答していますが、100名以下の企業においては3割未満に留まっています。企業規模が比較的小さい会社においては将来的な課題であるDXに対して割けるリソースが少ないことや、組織文化としてビジネスや組織の変革に抵抗がある企業が多いことが理由としてあげられるでしょう。
■DXの成果が出ている企業の特徴とは
「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた企業とIT人材の実態調査」によると、成果が出ている企業の特性として主に次の3つの特徴があげられています。
①全社戦略に基づき全社的にDXへ取り組んでいる
②IT分野の業務が分かる役員の比率が高い
③多様な価値観を受容し、チャレンジが可能で意思決定のスピードが早い柔軟な企業文化を持つ
企業のトップが課題を認識して方針を示し、社員全員が協力することで全社の最適化が図られることはDXに限らず経営における根幹と言えるでしょう。
■DXへの第一歩はどう踏み出すか
2025年まで残り5年弱。課題は非常に大きく膨大ですが、企業がこれからDXを進めるにはどこから手をつければいいのでしょうか。
まずはITを抜きに、現場レベルの部分最適ではなく全社の経営戦略として全体最適を考える必要があるのではないでしょうか。かつて行われてきた事業部に閉じたITシステムの導入など現場レベルで改善を重ねることで行われてきた業務効率化ではなく、全社の抜本的な業務改革には経営レベルでの俯瞰的な取組が必要です。現在の現場の業務の仕組みや流れを洗い出し、業務自体の要否や課題を整理する必要があるでしょう。
全社的に考えたときに最適な業務の流れは何か、それが整理されて初めてITシステム刷新検討が必要となります。DXを実現することで、まずは全社的な業務の改善がなされます。
そして、DXにおける真の目的は業務改善だけではありません。ITの力により、全く新しいビジネスモデルを生み出すことにあります。第一段階として業務効率化で成功体験を生むことで、第二第三段階として、データの活用やビジネスモデルの変革など次なる成果を得る足がかりともなるでしょう。
■参考文献
デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた企業とIT人材の実態調査
https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/20200514_1.html
DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
Wedge 7月号特集「コロナで加速する働き方改革・DX」
■略歴
古川 里奈
中小企業診断士、応用情報処理技術者
大手SIerおよび大手通信事業会社でシステム開発・営業・事業企画に従事。
ITを専門分野として、あらゆるジャンルの企業の経営戦略サポートを実施。